「シリアスゲームサミットレポート」
 
CMU ETC 伊是名宥樹  
 
 私の通うカーネギーメロン大学(CMU)のエンターテイメントテクノロジーセンター(ETC)の必須科目として、コンピューターサイエンス出身や芸術系出身の学生4〜8名程度で構成されたチームで、1学期間中に一つの作品を制作する学生プロジェクトコースがある。
 プロジェクトの内容は様々で、ニューヨーク消防士トレーニングのためのシミュレーターのプロトタイプを制作しているチームもあれば、米国大手ゲーム会社エレクトロニック・アーツ(EA)の社員研修等で使用する社会保険や各手当等を説明するためのシミュレーションを制作したり、Panda3Dというオープンソースのゲームエンジンを、ディズニーと共同で開発しているチームもあるなど多岐に渡るが(詳細は次回ETCの紹介にて)、全体的には教育系ゲーム制作のプロジェクトが増加する傾向が見られる。
 私の所属するプロジェクトも教育系ゲーム指向で、カーネギーメロン大学現代言語学部の協力を得て、テレビゲームの技術を利用した日本語学習支援ソフトウェアのプロトタイプを制作している。私は、教育学部出身ということもあり、以前から教育系ゲーム(エデュテイメント)や、娯楽を目的としない学習系ゲーム(シリアスゲーム)の開発など、テレビゲームの有効利用に関して非常に興味があり、ETCの学生プロジェクトが教育系にシフトし始めた事を喜んでいる。しかし、残念ながら現在ETCには、それらを指導できる教師陣がまだいないため、個人で関連書籍や論文などを読み情報収集しなくてはいけない状況である。
 そんな中、現在私が参加している「シリアスゲーム(Serious Games)」のメーリングリストで、シリアスゲーム関係者の会合である「シリアスゲームサミット(Serious Games Summit)」の開催情報を知り、今回始めて参加する機会を得ることができた。日本での知名度は
 まだ低いこの「シリアスゲーム」の紹介を兼ねて、今回は「シリアスゲームサミット」のレポートをお届けする。
 
シリアスゲームとは
 さて、「シリアスゲーム」とは一体何だろうか。それは読んで字の如く「真面目なゲーム」のことである。真面目なゲームとは、非娯楽用途目的(教育、ヘルスケア、ビジネス戦略、政治、社会、軍事関連など)のために制作されたゲーム、及びテレビゲーム技術を利用した教育・医療関連アプリケーションなどを指し、最近注目されはじめたテレビゲームの一ジャンルである。
 注目されはじめたのは最近でも、実はシリアスゲームのコンセプトそのものは、すでに昔から米国に存在していた。
 例えば、30年ほど前には軍事関連者によって戦争シミュレーションゲームとして、20年前には教育関係者の間ではドリルや学習ゲームとして、さらに10年ほど前には、医療関係者によってテロリスト対策用のシミュレーションや、テレビゲームではないが、VR技術を使用して恐怖症を治療するアプリケーションも開発され、各分野で着実に成果を出していたのである。
 しかし、このような「シリアスゲーム」という名前とコミュニティがなかった為、テレビゲームの一つのカテゴリーとして成立することがなかったのである。
 この「シリアスゲーム」という言葉が正式に使われたのは、今年の3月、米国カリフォルニア州サンノゼで開催された世界最大のゲーム開発者会議(GDC:Game Developers Conference)と並行して行われた第一回シリアスゲームサミットであった。
Fig.1:ベン・スワイヤ氏
(写真中央)
 提唱したのは、このサミットの主催者であるベン・スワイヤ氏(Fig.1)。彼は、シリアスゲームを「従来のビデオゲーム市場をはるかに越えて拡張しているインタラクティブ技術の応用であり、訓練や、政策調査、分析論、視覚化、シミュレーション、教育、医療が含まれる」と定義している(シリアスゲームサミットDCより抜粋)。
 彼の運営しているシリアスゲームイニシアティブ(Serious Games Initiative)は、シリアスゲームコミュニティのサ ポートを目的に2002年に設立され、シリアスゲーム開発や研究を行っている団体(企業、大学等)の交流の場として提供され、このサイトのメーリングリストでは、ほぼ毎日のように研究者や学生、そして開発者同士の活発な意見・情報交換が行われている。そのような盛り上がりを見せる中、今回私が参加したシリアスゲームサミットが開催されたのである。
 
シリアスゲームサミットin DC
 去る10月18・19日の2日間、ワシントンDCで「シリアスゲームサミットDC」(Serious Games Summit in DC)が開催された。前回の第一回サミット参加者は約200名ほどであったが、今回はその3倍強増加し、サミット開催2週間前には主催者から「ソールドアウト」の知らせがメーリングリストで流れるほどの大盛況ぶりで、この「シリアスゲーム」の注目度の高さを改めて感じた。
 サミットの主催はゲーム開発者会議でお馴染みのCMP Game Groupと、ベン・スワイヤ氏の所属するデジタルミル(Digitalmill, Inc.)。スポンサーはシリアスゲームと関わりの深い米国陸軍、ゲーム開発者会議、国際ゲーム開発者協会(IGDA)他5社。
 サミットでは、シリアスゲームの研究・開発だけではなくビジネスを取り扱っているということもあって、参加者の年齢層は比較的高く、エレクトロニック・アーツのような大手ゲーム企業から中小規模ゲーム企業、それら教育系ゲーム(e-ラーニング等)企業の開発者や幹部、政策立案者、軍関係者、行政管理者、教育関係者、そして大学の研究者が中心で、私のような学生は少数であった。
 
軍の存在感
 会場は、ゲーム関連のサミットと言っても「シリアス」なゲームということで、一般の娯楽用ゲーム展示会場とは一線を画した雰囲気に包まれていた。なんといっても軍関係の展示が大半を占め、圧倒される。かわいいキャラクター展示がわりに、会場の数箇所には米軍のシューティングシミュレーションが設置され、華やかなコンパニオンではなく、迷彩色の軍人が笑顔でゲームのパンフレットを配布し、レーシングカーの代わりに戦車操縦を体験できた。
 もちろん、セッションと並行して行われたデモルームでは、軍関係以外の教育系の民間企業のデモも行われていたが、軍関連の開発を行っている民間企業の方が予算の付き方が違うのか、存在感の差は一目瞭然であった。会議終了後には米軍主催のレセプションと、米軍による各プロジェクトのデモンストレーションまで行われ、軍事への応用が強く期待されていると感じた(Fig.2)
 会場となったホテルの大広間には、巨大なスクリーンが計6枚かけられ、そのスクリーンの前には機関銃や機関短銃、自動小銃、そして戦車のハンドルが設置され、まるで実際の軍事訓練を見ているような気分であった。試しに私も自動小銃を撃ってみたところ(写真右下)、映像に使われている人物モデルや背景のテクスチャーやアニメーションの質はかなり高く、銃が振動する触感、サウンド、そして銃の重み、すべてが本物のように感じられた(と言っても実物は見たことはないが)。
Fig.2: 米国軍のプロジェクトによる巨大な規模のデモンストレーション
 
最新の話題
 シリアスゲームは何も戦争関連ゲームだけではない。4つの部屋に分かれて並行して行われた2日間の発表では、ラウンドテーブル、パネル、レクチャーなど様々なセッション形式で、教育やメディアスタディの研究者やゲーム開発者など、各方面からの専門家による事例報告や研究発表が行われ、なかなか充実していた。
 私が参加したセッションの中でも興味深かったものは、まずベン・スワイヤ氏とジョージア工科大学のゲーム研究者のイアン・ボゴスト氏による「プロジェクト・コネクト」の事例発表であった。中学生1200人(!)をターゲットに、インターネットベースのFlashによる科学技術の学習ゲームを制作し、実際にユーザーテーストを行って得た結果を発表していた。これは、現在私が大学で関わっているプロジェクト(高校生対象の語学学習ゲーム)に類似しているということもあり、非常に参考になった。
 発表の中で、スワイヤ氏は「教育ゲームは正確でなくてはならないが、楽しくなくてはいけない」と教育ゲームの最も重要な要素を挙げ、「しかし、たまに面白さを追求するがために、正確さを欠く場合がある。」とシリアスゲームをデザインする上での難しさを述べた。
 また、ウィスコンシン大学のカート・スクワイヤ氏の「ゲームを教室に導入したら何が起こるか」という発表も面白く聞けた。教育システム工学出身で元教員の彼は、テレビゲームを学校教育に導入し、教室でゲームをより効果的に使用する目的で研究を進めている。この発表では、自身の博士卒業論文となったPCゲーム「シヴィライゼーションV」を通して、世界史を学ぶ研究を主に紹介していた。
 「新しい技術を導入するのは容易なことではない。常に摩擦が生じる。特に教育業界は保守的であり、ゲームが教育現場に認められるには時間がかかるだろう」と述べた。すでにある程度の成果を彼は出しているが、教育者を説得しテレビゲームが学校のカリキュラムの一つに取り入れるまでは、少し時間がかかりそうだ。
 その他には、シリアスゲームの資金調達方法、オープンソースについて、マルティプレーヤーゲームとシリアスゲーム、ヘルスケア関連、市販ゲームエンジンの改良法など、事例報告に混じって技術的な内容が主で大変勉強になった。
 その中で最も考えさせられる内容だと思ったのが「マスメディア対話装置としてのゲーム」であった。パネリストは、大学のゲーム研究者、イスラム教徒国家を中心に研究を行っている社会科学者、米軍のプロジェクト(America's army)のディレクター代理、そして政治コンサルタントの4人で、今までシリアスゲーム構築を中心とした議論がほとんどであった中、このセッションは全く視点が異なり、シリアスゲームを社会的な角度から捉え、ゲームを社会的な装置として扱うことができるかがテーマであった。
Fig.3:September12th
 彼らは、ゲームはすでにプロパガンダ装置としては効果を出していると指摘していた。ゲームの高いインタラクティブ性と視覚的な魅力、そしてゲームが持つ中毒性を使用することによって、シリアスゲームは実用的でしかも挑発的なメッセージを伝えることができる可能性を持っているということなのである。
 例えば政治キャンペーンゲーム、人種差別ゲーム、アラブ・イラク摩擦ゲームや、September 12th(Fig.3)と題する平和を学ぶためのシミュレーション等と、近年、強いメッセージ性を持つゲームが続々と開発されているそうだが、倫理的かつ繊細な内容を取り扱うだけに、ゲームに対する意見は賛否両論であり、関係者の間で論争を巻き起こしているとのこと。
 確かにゲームを「新しいメディア」として有効利用する目的は理解できるが、個人的にはゲームでそれをわざわざ表現する必要があるかどうかは疑問に感じた。
 
シリアスゲームサミットにおけるゲーム大国日本
 冒頭でも述べたように、日本ではこの「シリアスゲーム」というジャンルの知名度はまだ低い。そのため残念ながら今回、日本人の参加者は私を含めたったの2人であった。もう1人の日本人は、シリアスゲームジャパンの設立者であり、ペンシルバニア州立大学博士課程に所属する藤本徹氏であった。
 今回のサミットでは、日本関連のシリアスゲームは全く紹介されていなかったのだが、日本にも「シリアスゲーム」に該当するようなゲームの有効利用を考える活動は、少数ではあるが大学、教育、医療関係の中ですでに行われており、企業でも「シリアスゲーム」と言えそうな内容のテレビゲームがすでに開発されているのである。
 しかし、今まで関係者が交流できるコミュニティがなかったため、ゲームのジャンルとしてはまだ浸透しておらず、またシリアスゲームサミットで紹介する勢いまで至っていないのである。
 現在「シリアスゲームジャパン」は、本家シリアスゲームイニシアティブの翻訳を中心に、米国のシリアスゲーム情報を紹介しながら、日本国内のシリアスゲーム開発者や研究者のコミュニティの場として、日本へのシリアスゲーム推進活動を行っている。シリアスゲームジャパンのメーリングリストには、教育関連ソフトやゲーム開発者、大学の研究者や学生などが参加し、これからますます活発になることが予想される。
 さらに次回のシリアスゲームサミットは、ゲーム開発者会議(GDC)開催中に行われということもあり(このGDCには日本から大勢のゲーム開発者や関係者が参加している)、サミットでの日本人の活動に期待したい。
 
シリアスゲームサミットに参加して
 今回初めて参加したシリアスゲームサミットDCで、専門家の発表を実際に聞き、関係者と直接話しをして、2日間非常に有意義な時間を過ごすことが出来た。実際、自分一人で勉強するのよりも数倍学ぶことが多かったと感じた。
 シリアスゲームが今後、学校教育の一部にカリキュラムとして組み込まれたり、医療関係(今回のサミットでは紹介されていないが、第1回シリアスゲームサミットでは恐怖症治療や栄養素指導のゲームなどが紹介された)で活躍するなど、テレビゲーム業界の新しい市場を開拓できる可能性があると確信出来た一方で、今回このサミットでも紹介され、さらにシリアスゲームイニシアティブのメーリングリストでも論争を巻き起した一癖ある「シリアスゲーム」のジャンルを実際に目の当たりにしたので、最後にこの点に関して述べたいと思う。
Fig.4: 9/11 Survivor
 サミットの「マスメディア対話装置としてのゲーム」のセッションで、社会的、政治的ゲームなど、メッセージ性を強く持つゲーム、歴史的事件(Fig.4)を題材にしたゲームや人種差別・民族紛争をテーマにしたゲームが紹介された。
 前述の通りシリアスゲーム関係者の間でこれらのゲームに対して賛成派と反対派に意見が分かれている。このセッションのパネリストであったボゴスト氏は、以前雑誌のインタビューでこれらのゲームに関して「差別的メッセージを広めるゲームをあれこれ言うよりも、異文化への理解と寛容を促すゲームについて考察してほしい」と述べ、これらのゲームに対して「相互寛容と理解を育むゲーム」としてサポートしている。
 そして、今回このサミットでは発表していないが、ルドロジー(ゲーム学)の提唱者ゴンザロ・フラスカ氏も、「寛容の心を育むゲームの分野はまだ誕生したばかりだが、大いに可能性は秘めている」とこの分野のシリアスゲームに関してかなりの期待を寄せている。最近の体験型ゲームには一人称視点があり、仮想現実内で自分と違う人間になることができ、さらにその視点で世界を見ることができる特徴がある。その視点を利用することで、相互寛容と理解を育てることができると主張しているのだ。
 一方では、それらのゲームに対する懸念の声もあがっている。「可能性」だけを根拠に、いたずらに社会的・歴史的大事件をむやみにゲーム化しても、根本にある問題を解決する代わりに、一過性の話題を呼び、活動家の宣伝塔になるだけの中途半端な内容におわる危険性が大いにあると主張しているのである。
 私もこの意見には同感である。シリアスゲームが教育・学習の側面を持つことはよく理解できるし、さらに新しいメディアの要素を持ち、それを利用して政治活動をするのは大いに賛成できる。しかし、平和活動の一環と言えども、どうしてもゲームプレイには相応しくない内容があると思うのだ。
 ゲーム本来の「現実ではできないことをやることで満足感が得られる」という効果と、高いインタラクティブ性が、歴史的事件からの教訓(戦争の悲惨さ、命の尊さ、和平など)という目的に全く合わないような気がするからである。しかし、驚くべきことにこれらのゲームに対して支持者が多く、サミット会期中のメーリングリスト上でも行われ、結局「次回のサミットのパネルで討論するべき内容である」と締めくくられるまで1週間ほど続いた。
 学校教育や医療関係のサポートだけではなく、政治的活動などメディアの媒体として利用されつつあるこの「シリアスゲーム」。ゲームという名前を持ちながらも扱う題材が非娯楽的内容なだけに、これからも様々な問題や課題を持ち、これからも人々の関心を集め続けるであろう。今後、ゲーム産業の中で市場的価値が高まり「シリアスゲーム」産業が確実に発展するのか、あるいは、アカデミックの中で「シリアスゲーム」がゲーム研究として成立するのか、今後の動向が非常に気になるところである。
 来年2005年3月のGDCの会場で行われる次回のシリアスゲームサミットで、情報がアップデートし、意義のある議論が行われることを大いに期待しよう。
 
レファレンスサイト(2004年9月現在)
The Serious Games Summit DC (http://www.seriousgamessummit.com/)  英語
Serious Games Initiative (http://www.seriousgames.org/)  英語
シリアスゲームジャパン (http://anotherway.jp/seriousgamesjapan/)  日本語
Game Developers Conference(GDC) (http://www.gdconf.com/)  英語
Digitalmill (http://www.dmill.com/)  英語
America's army (http://www.americasarmy.com/)  英語