「NAB2003で映像技術の最先端に触れる」
 
飯干真奈弥  
 
 毎年4月恒例になっている世界最大の映像機器の祭典、NAB2003(全米国際放送機器展)が、今年も米ネバダ州ラスベガスのラスベガス・コンベンション・センターで4月5日より開催された。今年はあいにくイラク開戦やSARS感染拡大などの影響を受けて、例年は700人前後といわれる日本からの来場者が100人程度まで落ち込んでしまったとのこと。
 そんななか、今年のNABをプレスメンバーとして初めて視察するチャンスに恵まれた私は、滞在中に大変お世話になった女子美術大学教授の為ヶ谷秀一先生からも色々とご指導を賜りながら、カンファレンスを含む6日間の取材を無事に終えることができた。世界中から集められた映像産業の最新技術にじかに触れられたことは、フィルムメイキングを学ぶ身として大いに刺激となった。
 NAB視察もさることながら、プレスルームに出入りするのも初めての経験。ラウンジにいるのは大抵が白人の中年男性記者たちで、女性の数は少なめだ。アジア人の姿もほとんど見かけなかった。ここで毎朝、一人コーヒーを啜りながら、かき集めてきたプレスキットや、コンベンション・センターのマップを広げて一日の予定を立てる一週間が始まった。
プレスルーム内のラウンジにて。
最終日前日にはランチサービスも
 
デジタルシネマ・サミット
 昨年から併設開催されるようになったデジタルシネマ・サミットは、プレスルームにも近い北ホールの中で開催された。正直言ってそれほど大きな規模ではないという印象を受けたが、テレビ・ラジオ業界がメインのNABにおいて、今後もデジタルシネマ業界がその存在感をアピールしていくことができれば自ずと大きくなっていくのだろう。
 2日間にわたって行われた様々なセッションのなかでも特に私の興味を引いたのは、やはり制作に携わっているクリエーターたちのパネルディスカッション。サミット2日目に登場したDale Launer は、ハリウッドで立て続けにヒット作を書いてきた脚本家で、これまでの作品には“Ruthless People”(1986)、“Blind Date”(1987)、“Dirty Rotten Scoundrels”(1988)そして、当時まったくの無名だったマリサ・トメイにアカデミー助演女優賞をもたらしたヒット・コメディ、『いとこのビニー』(1992)がある。その後、ハリウッドで一躍売れっ子となった彼は、別の脚本をDreamWorksに300万ドル(約3.5億円)で売ったこともあったとか。
 このように脚本の仕事では一度もハズレを経験したことのない彼が、自分の脚本を自ら監督し、インディペンデント・フィルムメーカーになることを決めた背景には、どうやらハリウッドにおける脚本家への冷遇にうんざりしてしまったことが起因しているようだ。『優れた脚本から駄目な映画は作れるが、駄目な脚本から優れた映画は作れない』としばしば言われるように、優れた映画には確かな脚本が必要不可欠なのだが、ハリウッドのスタジオ幹部やプロデューサーたちは、脚本が手に入ると脚本家のことなどすっかり忘れ去ってしまい、ひたすら監督やスターだけを重宝するようになる。したがって、脚本家はほとんど制作過程に参加できないどころか、作品完成後にもスポットライトがあたることはめったにない。完成披露試写会後のパーティに呼ばれないことすらあるそうなのだ。
 さらには、金銭的な問題でも脚本家の不満は溜まるいっぽう。脚本家たちの作品がどれほど大ヒットして巨額の利益を生み出したとしても、一部の売れっ子監督やスターのようにグロス収益(注1)の分配権利を与えてもらえることなんて、まずないだろう。脚本家はせいぜいネット収益(注2)の5パーセントを分配されるという、ほとんど意味のない契約をスタジオと交わすにとどまる。この件に関しては、ハリウッドのライターズ・ギルド(脚本家や作家の権利を守っている団体)も長年にわたって不服を申し立てているようだが、実際に数十年この状況は変わっていないそうだ。
 そして何より、クリエイティブな面での欲求不満を解消するために、自分の脚本を自ら監督する以上に理想的なことはないだろう。好きなものを書き、撮り、すべてをコントロールし、そして賞賛も非難も自ら浴びる。クリエイティブなプロセスを最も愛する人ならば、彼のようにインディペンデント・フィルムメーカーになろうと思わないわけがない。なにしろ彼には、とびきり可笑しいコメディを書ける、という最大の武器がある。実際に映画を撮るためにあと必要なものは、機材と必要最低限のクルーだけだ。
そして、(随分と前置きが長くなってしまったが)そんな彼のインディペンデント・フィルムメーカーへの転身を後押ししたのが、デジタルシネマ技術の進歩だったというわけだ。NABでのソニーのデジタル・ハイディフィニション・カメラ、シネアルタHDW−F900との出会いによって、彼の夢が急速に現実的なものとなる。フィルムスタイルの16:9アスペクト・レシオ、一秒24コマでの撮影が可能なこのカメラの画質を一目で気に入った彼は、撮影と編集に必要な機材をすべて買い揃え、そして、友人のプロの俳優やカメラマンを数人集めて10分程度の短編を撮ることから始めたそうだ。
 その話を聞いて、大学でいつも友人たちを集めて同じように短編制作をしている私は、なんだか急に壇上の彼に対する親近感を覚えた。ハリウッドですでに成功している脚本家が、クリエイティブな情熱だけを頼りに、また一からフィルムメーカーとして歩み出そうとしている姿には感銘を受けずにおれない。そして、デジタルシネマ技術によって、フィルムと同等の高品質な映像表現がより個人的な活動範囲においても可能となったことで、彼のようなストーリーテリングの才能を持った人々が自らそれを映像化する、という機会が今後ますます増えてくるということを改めて確信した。
 セッションのなかでは、その後本格的にプロダクション・チームを整えて撮った長編作品“Sharkskin priests”の一部が上映された。内容は刑務所から出てきた兄と、神父の弟が繰り広げる楽しいコメディだったのだが、笑いながら観ているうちに、話が面白ければこれがデジタルなのかフィルムなのかは関係ないなあ、という正直な感想を持った。そして、デジタルシネマの功績はまさにそこにあるのだと思う。デジタルであることをもはや意識させないクオリティの実現が、より多くのフィルムメーカーに表現のチョイスとチャンスを同時に与えているのだから。もちろん、プロジェクター上映時のクオリティコントロールをはじめ、技術的な問題はまだ残っているように思われる。しかし、デジタルシネマの歴史はまだ始まったばかり。フィルムの100年の歴史をはるかに凌ぐスピードで、今後のメインストリームとなっていくことを期待したい。
 ちなみに、Dale Launerの長編監督1作目の総制作費は、10万ドル(約1200万)ほどだったとか。フィルムの現像いらず、高額なカラーコレクションもいらずに作れば、高いクオリティでもここまで費用を落とせるということが分かって大変参考になった。撮影にはきちんとケータリングサービスまで呼べたというのだから、経費削減という点だけでなく、インディペンデント・フィルムメイキングの現場をより充実させるための余裕が持てるというところも、デジタルシネマがもたらした、些細だが大事な利点のひとつといえるかもしれない。
 
Windows Media 9 とデジタルシネマ
マイクロソフトの特設シアターでは連日BMW Filmが上映され、人だかりができていた
 さて、今年のNABで特に注目度の高かったのが、マイクロソフトの発表したWindows Media 9 シリーズだ。開発に約3年の月日と莫大な開発費をかけたといわれているこのWindows Media 9は、SDTV またはHDTVのビデオ画質、7.1 マルチチャンネル・オーディオでの映像を、MPEG2の3分の1のビットレートでエンコードしてしまうという画期的なもの。これを使ってエンコードした映像を劇場で映し出せば、通常のフィルムベースでの配給と比べてずっと少ないコストで高画質・高音質の映像体験が可能となる。また、インターネットでの映像配信のクオリティも格段に向上するはずだ。デジタルシネマの分野でも最も重要と考えられるDistribution(配給)とExhibition(上映)のビジネスに、とうとうマイクロソフトが参入してきたというわけだ。
 私も早速、Media 9 を見に南館のマイクロソフト・ブースへ。デジタルシネマ・サミットで行われたマイクロソフトのセッションではコンピュータの調子が悪く実物を見られなかったので、展示が始まるのを心待ちにしていた。ブースの正面に設けられたデジタルメディアシアターでは、Media 9の機能紹介に続いて、実際にMedia 9を用いてエンコードし、会場の外にある中継車から配信されてくる映像を観ることができた。音も映像もまったく申し分ない。このときは特設シアターの画面で確認しただけなので、どこまで大きな劇場のスクリーンに対応できるのかは分からないが、これだけ高品質な映像配信をオン・デマンドでも行えるなら、ホームシアターにはまさにうってつけだという印象を受けた。
 この特設シアターでは毎回のプレゼンテーションの終わりに、BMWがリドリー・スコットやジョン・ウーなどハリウッドのスター監督たちを製作陣に迎え、自社の車のプロモーションを兼ねて製作した短編映画BMW Film シリーズを上映していた。このBMW Film シリーズは、すでに2年以上前からBMW Filmの公式サイト(http://www.bmwfilms.com)でストリーミングによる配信を始めていたが、当時はまだ十分なクオリティで観ることが不可能だったため、もったいないなあと思いながら観ていたものだ。それが今回、マイクロソフトと手を組むことによって、Windows Media 9とタイアップしてのプロモーションが実現し、こうした展示会を中心として各地で高品質での上映が可能となった模様だ。
 今回のNABでは日によって異なる作品を上映していたようだが、私が観ることのできた作品は、トニー・スコットとリドリー・スコットをエグゼクティブ・プロデューサーに迎えて製作された10分弱の短編『TICKER』だった。砂塵を巻き上げて疾走するBMWと、それに集中砲火を浴びせるヘリコプターのガンマンとの激しいチェイスシーンから始まるこの映画は、政変の激しい南アフリカを舞台に、謎のブリーフケースを抱えた男と、彼を目的地まで送り届けるためにひたすらBMWを走らせる主人公との車中の会話から、謎が少しずつ解き明かされ、そして意表をつく結末へ辿り着くというストーリーだ。ストーリーテリングの巧みさもさることながら、映像がとにかく素晴らしい。10分間のなかに、BMWの魅力とカー・アクションの醍醐味がこれ以上ないというくらいに凝縮された作品だった。Media 9のことなどすっかり忘れて(?)、心から脱帽。BMW Filmの公式サイトからも高画質でダウンロードが可能とのこと。是非、興味のある方は一度チェックして頂きたい。
 このBMW Filmのように、一般の劇場では公開されにくい短編映画も、Media 9のようなメディア・フォーマットによってオンラインでの高品質配信が可能となれば、より多くの観客の目に触れることになるだろう。あるいはまた、公開劇場数の少ないインディペンデント映画なども同様に低コストで配給の幅を広げることができるようになる。これこそ、デジタルシネマの最大の利点だ。Windows Media9は、フィルムメーカーたちがそうした利点を生かして作品を公開するためのツールとしては最適といえるかもしれない。マイクロソフトの狙いは非常に明確だ。
 今年の1月に米国ユタ州で開かれたインディペンデント・フィルムメーカーの登竜門サンダンス・フィルムフェスティバルでも、すでにWindows Media 9がフェスティバルの上映フォーマットとして認められている。フェスティバルでは、ジェフ・ブリッジズとペネロペ・クルス主演の“Masked and Anonymous”をはじめとする長編4作品がMedia 9を用いてデジタル上映された。さらにマイクロソフトは、Windows Media 9をメディア・フォーマットとしてインディペンデント・フィルムメーカーたちの間に浸透させようと、フェスティバルの期間中にワークショップも開催している。
 フィルムフェスティバルに作品を応募するフィルムメーカーたちにとってみれば、ビデオに比べてずっと品質が良く、16ミリや35ミリフィルムでの応募よりずっとコストを抑えられるという点で、Media 9は大いに魅力的なツールだろう。また配給側にとっても、インターネットを通じた劇場配信や、CD-ROMやDVD-ROMといったパッケージメディアでの配給が可能になることで、フィルムのプリント代や運搬費を削減できるという利点につながる。今後、フェスティバル参加をメインに活動するインディペンデント・フィルムメーカーたちを中心として急速に普及してゆくことも十分にありえるだろう。
 
Digital Dailies とオンライン・ポートフォリオ
「Digital Dailies」のモニターと、
スケジュール・カレンダー及びコメント画面
 デジタルシネマ・サミットのセッションで興味を持ったSample Digitalという会社のオンライン・アプリケーション、〈Digital Dailies〉の出展コーナーが、マイクロソフトのブース内、Media 9シアターのちょうど裏手にあった。というのも、この〈Digital Dailies〉は、Media 9シリーズにおけるVideo9(デジタルメディアの圧縮フォーマット)、DRM9(Digital Rights Managementと呼ばれるデジタルメディアの著作権保護・管理技術)の機能を用いた映像管理システムなのだ。
 Dailies(デイリーズ)とは、いわゆる「ラッシュ」と同義の「編集前の下見用映像」のことで、撮影期間中はこのDailiesをレビューしながら制作が進められてゆく。従来のようにフィルムやビデオテープでのDailiesレビューでは、コピーをつくり、メッセンジャーや航空便で物理的に運搬しなければならなかったため、それだけでかなりのコストがかかってしまう。また、撮影からレビューまでのあいだには最低でも一日の時間差が生じてしまうため、撮り直しをする場合の効率も悪い。従って、制作過程の時間と費用にはどうしても無駄な部分が多くなってしまうのだ。
 そこでSample Digital社は、Windows Media 9の機能とブロードバンド接続とを結合させたうえで、撮影した映像をリアルタイムでエンコードし、IPネットワーク上に配信させて遠隔からでもチェックが可能なように、「Digital Dailies」というアプリケーションサービスを開始したのである。これにより、世界中どこにいても制作のコラボレーションがリアルタイムで行えるようになるというわけだ。
 この「Digital Dailies」をいち早く制作現場に導入したメジャー映画が、Columbia TriStarの“Sniper II”である。ハンガリーでの撮影時には、この「Digital Dailies」を使い、ロサンゼルスにいるスタジオ幹部らが“Sniper II” の全Dailiesのうち約75パーセントまでをパソコン上でチェックできたことから、製作上の決定プロセスが大いに効率化したという。また、NABでは続編制作中の映画“Legally Blonde”(邦題:キューティ・ブロンド)』のDailiesを公開していた。今後もさらなるメジャー映画との提携が予定されているとか。
 実際にこの「Digital Dailies」のデモンストレーションを見せてもらうと、認証画面にてログイン後、鮮明なDailiesのモニターと、スケジュール・カレンダーや掲示板のようなものが表示された。clip collaborationと呼ばれる機能によって、Dailiesをレビューしながら、指定したクリップのタイムコードに、付箋のようにコメントを付けることができるようになっている。編集室のエディターや撮影現場のディレクターとのあいだでのコミュニケーションがリアルタイムで行えるように設計されているのだ。「利用料はどのくらい?」と訊ねたところ、サービスの内容にもよるそうだが、ユーザー一人につき月30ドルから使えるとのこと。スチューデント・フィルムメーカーにも手の届かない値段ではない。
「Sample Reels.com」にある
リドリー・スコット監督のポートフォリオ
 また、この「Digital Dailies」と併せて紹介してくれたのが、「Sample Reels.com」というデジタルポートフォリオのサイトだ。これは、やはりWindows Media 9の機能をネットワークと連動させ、映像クリエイターやデザイナー、ヘアスタイリスト、俳優などのデジタルポートフォリオを管理してくれるというサービス。前出のリドリー・スコットなど有名監督のポートフォリオも閲覧することができた。また、その他にもポストプロダクションやフィルムスクールとも連携してポートフォリオを提供している。ここでももちろん、ユーザー認証とMedia 9のDRM機能によってネット上での不正アクセスを防いでいる。登録ユーザーは、「Sample Reels.com」を通じてポートフォリオやプロフィール、連絡先などを確認し、気に入ればすぐにそのクリエイターと連絡がとれるようになっているわけだ。見た目にも非常にポップなデザインのサイトで、非常に興味深かった。そしてここにもまた、デジタル技術がもたらしたクリエイターの可能性の広がりをはっきりと見出すことができた。日本のクリエイターも、こうしたサイトを通じて世界に向けて存在をアピールしていくことは十分に可能ではないだろうか。

Sample Digital 社のサイト

  http://www.sampledigital.com/

Digital Dailiesのサイト
  http://www.digitaldailies.com/

Sample Reels.comのサイト
  http://www.samplereels.com
 
最後に
 初めて視察したNABはあまりにも大規模で、すべてを見尽くすことも、ここでリポートし尽くすこともできないほど盛りだくさんの内容だった。そんななか、キャストやクルーの人選、撮影、Dailiesレビュー、編集、そして配信と、映像制作プロセスの全面デジタル化が次々と実現化されていることを再確認し、やがてはひとつの大きな輪となって一斉に動きはじめるだろうという予感を肌で感じることができた。映像コンテンツの制作に携わる人々にとってますます面白い時代がやってくるという期待に胸を膨らませながらの初取材となった。あらためて、滞在中にお世話になったすべての方々に心から感謝を申し上げたい。

 注1) グロス収益
映画の劇場からの配給収入、ホームビデオからの収入、テレビ放映権のライセンス料、劇場以外からの配給収入(ホテル・飛行機など)、その他2次使用からの収入をすべて集計した収入。ここからスタジオが配給手数料や経費を差し引く前に、優先的に一定比率で支払いを受けられる人々を、グロス収益参加者という。
 注2) ネット収益
グロス収益から、税金とグロス収益参加者への支払い、配給手数料や経費、さらには脚本家や俳優、監督たちのギルドへの支払いなど諸々を差し引いて残った金額を指す。しかし、ネット収益参加者が実際に収益を受け取ることは事実上ないといわれている。