米国フィルムスクール留学体験記 Vol.1
 
飯干真奈弥  
 
 アメリカレポートも今回でついに連載9回目を迎え、私の留学も残すところあと半年あまりとなった。そこで、これまでの1年半の留学生活を振り返り、米国でのフィルムスクール留学体験記としてお届けしたい。実際に向こうへ行ってみるまでわからなかったこと、予想どおりだったことなど、フィルムスクールの実態が少しでもお伝えできればと思う。
 
サンフランシスコと映画
 まず、私のフィルムスクール留学が通常イメージされているものと多少異なるであろうと思われるのは、同じカリフォルニアでも南のハリウッドから遠く離れた、北カリフォルニアはサンフランシスコという土地柄のせいである。サンフランシスコは風光明媚なロケーション地としてヒッチコックをはじめとする多くの映画監督に愛され、その作品に登場してきたことで有名だが、街全体が映画産業のために成り立っている南カリフォルニアのロサンゼルスと比べれば、プロダクションやフィルム関連の学校の数は少ない。サンフランシスコで中心的なフィルムスクールとしては、私の学ぶAcademy of Art College(アカデミー・オブ・アート・カレッジ)、SFSU (サンフランシスコ州立大学)、SF City College(サンフランシスコ・シティ・カレッジ)などがあるが、ロサンゼルスと比べて何が多少異なるのかといえば、学生のすべてがハリウッド式映画作りに好感を抱いているわけではなく、また、地元のフィルムメーカーたちにもアンチ・ハリウッド的な傾向を持ち、日本やヨーロッパなどの映画への強い関心を持っている人も少なくないという点である。映画館にしても、サンフランシスコはロサンゼルスに比べると、ハリウッドだけでなくアジアやヨーロッパからの作品を上映するアートシアター系の館の数が非常に多いことでも知られている。
 また北カリフォルニアのベイエリアは、ルーカスフィルムや「ファイディング・ニモ」のピクサーなど、CGを駆使したプロダクションがスタジオを構えるエリアとしてもよく知られ、最近ではジェームス・キャメロンのプロダクション・スタジオがハリウッドからこの北カリフォルニアへ移ってくるという話もある。ルーカスフィルムの本拠地、ルーカスランチはマリン・カウンティという市内から車で1時間以上も離れたところに位置していたが、つい数年前から市内のPresidioという場所に広大なスタジオとオフィス群を建設してこちらへ移ってきている。これには、映像産業の誘致と活性化を狙うサンフランシスコ市とルーカスフィルム側の思惑とが一致してのことだとか。
 さて、米国のフィルムスクール、といえば世界的にも有名なのはロサンゼルスにあるUSC(南カリフォルニア大学)やUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、そしてNYU(ニューヨーク大学)だが、米国にあるフィルムスクール自体は私立公立校とも併せると500校近くあるといわれている。一般的に、ニューヨークなど東部のフィルムスクールはインディペンデントなフィルムメイキング中心で、西部はハリウッド的などと言われるが、実際のところ「ハリウッド以外はすべてインディペンデント」と言ってもいいだろう。そもそも、「インディペンデント」という言葉はハリウッドのメジャースタジオ以外で作られた映画を指すのであって、それだけ「ハリウッド的」フィルムメイキングというのはビジネス手法として確立されており、文化的にも大きなインパクトを持っていることが判る。
 とはいえ、どこの学校を卒業したとしても、結局はポートフォリオ(作品見本)だけがその実力を証明してくれる映画の世界では、必ずしも名門校に入れればよし、というものでもない。それでも上記3校が名門として名高いのは、その幅広い人脈と業界へのコネクションがあってのこと。それは、たとえば同じMBAでもコネクションのついてこない無名のビジネススクールで取ってもあまり意味がない、と言われるのと同じである。私の通うAcademy of Art Collegeでも、フィルムスクール開校以来その絶大な資金力を武器に(つまり授業料が高い!)ハリウッドから多くの講師陣を招いて常に業界とのコネクションを維持させることに力を注いでいる。
選択科目には特殊メイクの授業などもある。授業はハリウッドで活躍する現役のメークアップアーティストが講師を務める。
 Academy of Art College(以下AAC)は日本ではあまり知られていないが、1929年に現学長の祖父にあたるリチャード・S・ステファンがサンフランシスコに創立した美術学校で、現在6500名の学生を抱える私立の認可学校では米国最大の美術学校である。創立者が「Sunset Magazine」のクリエティブ・ディレクターであったこともあり、当初Academyは広告デザインの専門学校であった。1992年に現在の校長エリサ・ステファン氏が校長に就任してから急速に規模が拡大し、広告、建築、コンピュータアート、ファッション、ファインアート(絵画、彫像からネオンやジュエリー制作まで様々)、グラフィックデザイン、イラストレーション、インダストリアルデザイン、インテリアデザイン、映画・テレビ、写真の合計11の学科がある。学位取得は、学士(バチェラー)、修士(マスター)、準学士(アソシエート)、終了証(サーティフィケート)があり、アメリカの他の大学と同じように、単位交換制度もあるので、他の大学から移ったり、移ってきたりした際に単位を移動先の学校でも取得単位として認められる。同じコースなら一定期間休んでまた復学しても単位が有効である。また、ポートフォリオだけを制作するための短期間のコースや、高校生向けに開かれる体験クラスもある。実際、クラスメートの年齢は実に様々で、働きながら何年もかけて卒業する若い学生もいれば、いったん仕事をやめてキャリアチェンジをするために再び学生に戻った中年男性や女性、そして留学生の数もとても多い。ちなみに授業料は、講義だけではなく、施設や機材の使用料も含まれていると考えればそれ程高いものではない。1クラス、1学期(4ヶ月)あたりで1600ドル。各学期4クラスずつ取り、その他必要な費用を払うと年間で約18000ドル程度になる。公立の大学に比べれば決して安いとは言えないが、その分施設や機材が充実している。また、途中でドロップアウトする学生に1週間以内なら全額、その後は経過期間ごとに部分的に返還するという良心的な面もある。
 
フィルムスクールでは何をするのか
 AACのフィルムスクールでは、演技、広告、映画、演出、編集、ミュージックビデオ、プロデュース、プロダクションデザイン、音響、脚本、特殊効果などを学ぶことができ、卒業後にNFLフィルム、ルーカスフィルム、MGM、ICMなどで活躍している人も多い。
AVID COMPOSER及びAVID EXPRESSの編集ルームも完備。
 朝8時から夜中の1時半まで空いている編集ラボには、リニア、ノンリニア両方の機材が揃っていて、Editing1という入門クラスではテープによるリニア編集、ファイナルカットプロでのノンリニア編集を一度に学び、Editing2ではメディア100、Editing3ではAVID、というように、クラスのレベルによって段階的に編集の技術を学んでいく。授業内容としては、最初のうちは基本を身につけるために好きな映画の1分から3分程度のトレイラー(宣伝用映像)を編集させられることが多いが、他のクラスで撮った作品を編集したり、卒業制作と同時進行でプロジェクトを進めたりすることもある。テープやコンピュータでの編集だけでなく、昔ながらのフィルム編集機でスプライサー(フィルムをカットする道具)を使って自分の手でフィルムを実際にカット、編集する実作業を行うことができるが、最近の学生たちは、やはり便利なコンピュータ編集のほうを圧倒的に好むようである。
 また、Cinematography(撮影技術)のクラスでは、BOLEXやARRIFLEX製のカメラで16ミリから35ミリまでのモノクロやカラーの作品を制作し、フィルムやカメラの基本的な扱い方、そしてラボでの現像プリント時の指定の仕方まで非常に詳細に学ぶ。上級の専門クラスになると、水中撮影やクレーンでの撮影、ヘリコプターからの空中撮影など大掛かりな授業まである。先学期わたしが受講したのはCinematography 2というクラスで、ALLIFLEXの16ミリ用カメラで短いカラー作品の撮影をいくつか行った。また、それぞれの異なるフィルムストックでテストシューティングをし、そのカラーレンジの違いや特色などを学ぶという授業や、Dollyを使った撮影、通称Talkyと呼ばれる会話シーンでの基本も学んだ。講師はハリウッドで撮影監督のユニオンに所属するベテランのDP(Director of Photography)である。
ARRIFLEXの16ミリカメラで実習中の私。
 キャンパスにはテレシネルームがあり、オペレーターと一緒にテレシネ変換も行うことができる。学生は講師から許諾を得て、テレシネ・セッションの予約をとり、DVやビデオテープを持参してフィルムからの変換をオペレーターと一緒に行うことができる。テレシネルームにはカラーコレクションのシステムであるDa Vinciも装備しており、なかなかの充実ぶり。このように学校の施設内にテレシネルームを装備しているフィルムスクールは、全米のフィルムスクールのなかでもたった14校だけだそうで、学生にとっては非常に貴重な体験といえる。
 また、キャンパス内にはブルースクリーンスタジオもあり、北カリフォルニアのフィルムスクールでは最大規模のものを備えている。背景抜きをするためのブルーバックによる撮影の過程や合成のやりかた、特殊効果について実践で学ぶことができる。スタジオは基本的に予約制で、コースでの授業やグループで使用できるようになっている。さらに音響技術を教えるスタジオは、Protoolといった音響編集ソフトや、AVIDなどといったシステムを完備し、レコーディング、編集、デジタイズなどの作業ができるようになっている。
 そして、フィルムスクールの要とも言える機材部門では、DVカムなどのカメラ機材、照明機材のレンタルも行っている。カメラ、照明、レコーディング、ロケーションまであらゆる機材が揃っている。これとは別に照明機材の貸出しサービスを行う部署もあり、ドリー(カメラを水平に移動させながら撮影する機材)まで用意された充実ぶりである。登録したコースによって借りられる機材に制限はあるものの、コースに必要な機材は無料で借りることができる。
Dollyと呼ばれる移動撮影用の車輪台を使った撮影風景。
 機材をレンタルする生徒たちは、撮影が集中する週末を早くから抑えるために前もって予約をとらねばならず、チェックイン・チェックアウト時の手続きを踏んできちんと契約書にサインもさせられる。機材を壊した場合や返却が遅れた場合の罰金も課せられるので、遅刻魔の私もさすがに返却に遅れたことはない。一度遅れると、次の1週間は出入禁止(Strike Out!)になってしまう。カメラテストのためのチャートが壁に張られた機材レンタルルームは、毎週金曜になるとカメラをチェックアウトする生徒たちでごった返している。機材が大掛かりになってくると、みんなで撮影前に大きなバンやトラックをレンタルして、10人がかりで機材を運び出すということもしばしばだ。そしてこの授業外の準備の段階もまた、実地でチームワークを学んでいく大変良い機会でもある。
 
授業内外での制作プロジェクトについて
 学部の場合、日本と同じように一般教養の授業をとりながら徐々に専門科目も選択できるようにカリキュラムが決まっているが、それぞれのバックグラウンドに応じて学部のディレクターと相談して、希望のカリキュラムを作っていくこともできる。大学院の場合は、専門科目に重点を置いているが、授業というよりも自分たちで制作する実習の時間が長い。
 授業の進め方は、基礎的な事項を教えられた後に課題を与えられ、自分達で制作して、授業中に講評を受けるという形式が一般的である。最初教えられるのは基礎的な事項であるため、実際の作業の中で試行錯誤しながら自分たちで苦労しながら学んでいく。映画学部の授業の中には、全体で6時間程度のコースの中で、毎回異なる課題を与えられ、2,3時間の間にストーリーやコンセプトを練り、すぐに撮影して、カメラ編集で提出するというようなものもある。
照明のセッティングをする生徒。クラスは15人ほどの少人数で行われる。
 私が前学期受講したクラスでは、毎週グループごとに照明プランを作ってセットアップし、それを16ミリで撮影して講評しあうというものや、映画を見ながら、このセットではどのような照明プランが使われているか分析するというものもあった。映画の撮影というのを、非常に多角的に捉えて実践的に技術を身に付けさせるという点で、職業学校という印象も非常に強い。 
 授業以外で実際にプロジェクトを立ち上げるものとしては、講師と学生とで組織する団体があり、授業とは関係なく、講師の責任のもとに実際に放映する短編ドキュメンタリーやミュージックビデオを学生に制作させている。学生を使うので通常より低価格で制作できるというメリットがクライアント側にあり、学生には経験を培うよい機会となっている。またこのほかにも、プロダクションを経営する講師が非営利団体向けの仕事を生徒に斡旋することもあれば、自分たちで音楽プロダクションやミュージシャンに直接交渉してミュージックビデオを制作するというようなこともある。これにくわえて、自主制作や卒業制作など、授業以外でのプロダクションは年中行われており、どれだけ経験を積むかは、こうしたひとつひとつのプロダクションでの人脈作りによっても変わってくものである。とにかく自主性がなければ、フィルムスクールに何年通ってもポートフォリオは増えないし、黙っていても授業課題以外のプロジェクトを誰かが与えてくれるというわけではない。
ミュージックビデオプロジェクトの撮影風景。
 私も昨年、縁あってふたつのミュージックビデオと短編映画の現場に携わり、15人ほどのクルーと一緒に撮影に臨んだ。プロダクションチームごとに、それぞれ雰囲気が異なるので、やりやすいチーム、やりにくいチームとがあるのが印象的だった。学生映画となると、やはり要になるのは腕のいいDirector of Photography(撮影監督)で、学校内にも、人気のあるDPというのが何人かいる。その人たちとどのようにコンタクトし、うまく作業を進めていけるかがまずは第一のポイントだ。授業で学んだこと以上に多くのことを学べるのはやはりプロダクションの現場。全員がプロではないアマチュアであるからこそ、それぞれが自覚をもって自分達のためにベストを尽くすという前提がそこにあり、フィルムメーカーを目指す者としての原点を学んでいるという気がする。
 
アジアに広がる米国フィルムスクール留学
 さて、AACの最大の特徴ともいえるのが、留学生の多さである。そのため、留学生をサポートするARC(リソースセンター)はESLなどサービスが充実している。ESL(またはLSA)と明記されているクラスには、ESLサービスのチューターがつき、講義のノートをとってくれるというサービスもある。これは、学生がわからなかったところや聞き取れなったところがあった場合に対応するためのものである。また、クイズと呼ばれる小テストの直前にはスタディホールと呼ばれる勉強会も開いてくれる。
 そのほか、ライティングラボと呼ばれるサービスは、英文で何か提出しなければならない場合にスペルチェックやグラマーチェックなどを一緒に行ってくれる。スピーキングラボというサービスも同様に、なにか口頭で発表をしなくてはならない授業のために練習を行ってくれるというサービスである。また、生活の急激な変化や文化の違いなどから、様々なストレスを抱えて落ち込んでしまう学生も多いため、カウンセリングのサービスも行っている。いずれも予約制で、無料のサービスである。
 アドミニストレーションにも日本語やその他の言語を話せるスタッフを揃えている。日本の文化学院やその他の美術学校と共同プロジェクトを行うこともある。企業から派遣されている人は少なく、ほとんどが私費留学だ。留学生の出身国としては、タイ、マレーシア、韓国、インド、フィリピンなどアジア系の若者が多い。こうしたアジア系の学生のなかには、その国で広く知られる大手プロダクション社長のご子息などわりと裕福な学生が多く、アジア地域からの留学生は大概アメリカ人学生よりもずっといい生活をしていたりする。現在ではこうしたアジアからのフィルムスクール留学生がどんどん増えているようで、韓国などでも米国帰りの監督たちがどんどん活躍しているとか。留学して帰っても、映画を撮れずに終わってしまうケースが多い中で、こうした国々でどのようにして帰国後の留学生たちが活躍の場を得ていっているのかは、産業促進や人材育成のヒントとしてリサーチしてみる必要性もありそうだ。
 
企業と学校との関わり
 企業の実際に現場に立っている人達が講師としてくることもあり、ILMやPIXERなどLA周辺のプロダクションから来て、特別授業が行われる。忙しいので、学期と学期の間の休暇期間中に3日間だけの集中講座を行ったり、通常は週に3回程度行われる授業を1ヶ月間毎日行ったりすることもある。また、一度だけの特別講義も単発的に行われ、映画「スターウオーズ」のコスチュームデザイナーやセットデザイナーの講義や、「スパイダーマン」のストーリーボードアーティストたちが実際に使った資料や映像、作品を見せてくれる講義なども開かれる。また、つい先日も講師たちの多くも、自身でプロダクションを経営していたり、エージェントと契約している脚本家であったりすることが多く、教えることだけを職としている講師は少ない。学校側としては、企業側やプロフェッショナルな現場との繋がりをいかに保っていけるかが重要であるため、教育現場だけで自己完結しないよう様々な人材を業界から採りいれているものだろう。
 さらに、AACの学生および卒業生は、アカデミーのジョブサーチネットワークに接続することができるようになっており、ここの求人情報を無料で利用することができる。また、雇用者側も、AACのポートフォリオリストをネットで閲覧することができるようになっており、積極的に学生と企業とのマッチングを行っている。卒業後も、このキャリアサービスオフィスのカウンセラーに相談することができるようになっている。また、インターンシップは在学中に経験を積むために多くの学生が希望するため、AACでもインターン募集の告知は随時行っている。また、個人ベースで応募している場合も多い。サンフランシスコ周辺の大手スタジオ(ILM、ピクサー、PDIドリームワークスなど)のほとんどがインターンシップをおこなっており、そこでの経験は履歴書に書くことができるほか、卒業後に仕事を与えられることも稀にある。インターンシップで仕事は、有給のことも無給のこともある。インターンシップの審査基準はさまざまであるが、たとえばルーカスフィルムなどは条件が厳しく、GPA3.0以上(4.5が最高なのでだいたい中の上位の成績を維持していないと難しい。)でなければならなかったり、インターンシップの期間終了後には速やかに学校に戻る(就職を要求しない)ことを約束させられたりすることもある。
(次回に続く)