米国フィルムスクール留学体験記 Vol.2
 
飯干真奈弥  
 
 前回に引き続きフィルムスクール留学体験記をお届けするのだが、今回は主に実際の授業内容についてもっと詳しくお伝えできればと思う。映画を学ぶ、といっても具体的にどのようなことを勉強しているのか、あまり想像のつかない方も多いだろう。かく言う私も、身をもって体験してみるまで知らなかったこと、分からなかったことを発見する毎日が今も続いている。これまで学んだことを総括するつもりで、あらためて振り返ってみたい。
 
フィルムスクールのカリキュラム
 フィルムスクールで学んでいる、と言うと大概質問を受けるのがカリキュラムについてだ。日本からフィルムスクール留学のために渡米する人たちは昔から少なからずいたと思うが、私が留学準備をしていた2、3年前でも、こちらでの授業のカリキュラムについてはほとんど情報がなく、もっぱらどのようなクラスがあるのかを大学案内と一緒に送られてくるカタログを見て判断するだけという感じだった。実際に学校へ言ってみるとカリキュラムは比較的柔軟で、必修科目であっても学部長との話し合いで許可が下りれば、好きな科目と交換することが可能だということがわかった。とはいえ、私の場合は日本で大学を卒業していたので、その辺の融通は他の学生たちよりも効いたのかも知れないが。
 さて、そのカリキュラムだが、私が履修した全科目を参考までに挙げると以下の通り。ちなみに、原則的に科目番号の低い順から履修していくことになっている。
101 Intro to Computer Graphics
CGの歴史や、簡単なCGの作成を学ぶクラス。
105 Photo/Storyboarding/Super 8
ストーリーボードとカメラやフィルムの基礎を学ぶクラス。
110 Linear/ Non-Linear Computer Editing 1
ビデオテープのリニア編集から、ファイナルカット・プロを使ったノンリニア編集までの技術を学ぶ。
120 Respect for Acting
演技の基礎を学ぶクラス。
130 Motion Picture Language
短編のドキュメンタリーとフィクションをデジタルビデオで制作するクラス。
140 Lighting 1:The Art of Seeing light
照明の基礎のクラス。ライトメーター(照度計)の読み方から、ライティングの基本的なポジションの練習、照明プランの立て方などを学ぶ。
205 Introduction to Producing
プロデュースの基本を学ぶクラス。プロデューサーの仕事とは何か、実際に架空のプロジェクトをチームで練り、クラスでプレゼンテーションを行う。クラスで使われるマネジメントソフトは、お決まりのMovie Magicシリーズ。
220 Introduction to Screenwriting
その名の通り、脚本執筆のクラス。毎週5分程度のショートを2本書かされた。
225 Intro to Sound: Foley and Effects
<Pro Tool>というプログラムを使って、音響の録音・編集の基本を学ぶクラス。映画のシーンに合わせて音をアフレコで吹きかえる課題などをチームで行う。
230 Non-Linear Computer Editing 2
<Media100>を使った編集技術のクラス。主に映画のトレイラー(予告編)を作る練習をする。
255-6 History of Film 1(Pre 1940) /2 (Post 1940)
歴史のクラス。この授業だけは、学部長と相談しても変更不可。絶対履修だった。
260 Cinematography 1: (16 mm Black& White)
クラスの時間内にBolexを用いてモノクロの16ミリ作品(3分程度)を制作するというクラス。光と影の基本について学ぶ。
271 Lighting 2: Lighting the set
学校内にあるセットを用いて、毎週異なる照明プランに沿ってクラスメイトと役割を分担しながら、セット・ライティングを実践的に学ぶクラス。
330 Directing Actors for Film & TV
メソッド・アクティング(注1)の手法を用いて演技指導を学ぶクラス。サンフランシスコ周辺の役者たちをオーディションに呼び、5分程度の短い作品をクラス内のセットで撮影するというもの。
340 Cinematography 2: (16mm Color)
Arriflexで16ミリカメラを習得するクラス。コンポジションやコンティニュイティーの基本からストーリーテリングまでを学ぶ。
385 The Works of the Great Directors
理論のクラス。世界中の著名監督たちの作品を、彼らの生涯や作風といった観点から分析する。チャップリンやワイルダー、黒澤などからはじまり、マイク・リーやポランスキーなどヨーロッパの監督らにも焦点を当てた。
390 Cinematography 3: (35mm Cameras)
主にArriflexやAATONなどのカメラを使ってスーパー16や35ミリカメラの実習を行うクラス。
445 Non-Linear Computer Editing 3
<Avid Express>を使った編集技術のクラス。
470 The Demo Reel: The Project Film A/B
いわゆる卒業制作のためのクラス。学校にあるほぼすべての機材と施設をフルに利用することができる。春学期と秋学期の2度にわたって履修。
500 Internship
フィルムプロダクションや、映画機材のレンタルハウスなどでインターンシップを行うことによって、単位として認可される。

 おおまかに分類すると、撮影、演技、音響、照明、編集、演出、理論のクラスとまんべんなく多岐にわたって履修することになるが、ベーシックの必修クラスを履修した後は、本人次第で専攻科目を選択していけるようになっている。また、日本の大学と違い、こちらは大抵の場合、学生一人一人の情報を各学部のアドバイザーが管理しており、履修手続きに関する質問や相談をいつでもすることができる。また、科目登録の時期もかなり早く、前学期の半ばから受け付けがはじまるので、新学期が始まってしばらくしたらまた次の学期の履修についても考えなければならない。特に留学生は一学期間に12単位以上必ず履修しなければならないため、アドバイザーのところへは私もよく相談に行った。
 私のカリキュラムにはないが、多くの留学生が本科目の履修前に英語のクラスを履修させられている。入学時に英語のテストと面接によって、ESLと呼ばれる英語のクラスが必要かどうかを判断されて決まるのだ。うちの学校は「条件付入学」といってTOEFLの点数がとくに良くなくても入学できるため留学生に人気があるのだが、これはあくまで「条件付」であって、英語ができるようにならないと本科目のかわりにいつまでも英語の授業ばかり受けることになってしまう。なかには入学して1年間ずっと英語ばかりやっていたという人も。見知らぬ専門用語だらけの授業に飛び込むのであるから当然のことなのだが、留学前にやはり英語の知識は必要だ。
 
フィルムスクールは機材が命
 さて、「映画」というとすぐに撮影やプロダクションのことを想像してしまうのだが、映画制作という大きな流れの中で見てみると、実際にプロダクションに費やす時間というのはごく一部であって、その前後の準備の方がむしろ長くて重要な作業だということが分かってくる。したがってカリキュラムにおいても、入学してすぐにArriflexの35ミリカメラなんかを持って撮影に行かせてもらえるわけでは、もちろんない。DEMO REELと呼ばれるポートフォリオ作品を撮るような段階に至るまでは、ゆっくり時間をかけて段階的に映画の制作プロセスを学んでいくのだ。
 撮影機材や照明機材などは非常に高価なものが多く、ロサンゼルスからリースしている場合もある。したがって、おいそれとすぐに学生に貸し出しすることはない。クラスの段階が上がるに従って、借りられる機材の多さや種類も徐々に増えていくのだ。たとえば、最上ランクのDolly(移動撮影のためにカメラを載せる車輪台)などは、きちんと機材部のスタッフから訓練を受けた学生でなければ使わせてもらえない。故障した場合の修理費は莫大なものになってしまうからだ。
 というわけで、入学したての頃は何も分からない状態なので、フィルムの機材はほぼ何も使わせてもらえない。貸し出してもらえるのは、せいぜいライトメーターくらいである。最初の授業ではまず、Photo/Storyboarding/Super 8という必修科目のクラスで、静止写真をマニュアル・フォーカスで撮影する練習をしながらカメラやフィルムについての基礎知識を学んだ。また、イラストや写真を使ったストーリーボードの作成によってPre-Visualizationの練習をし、イメージをどのように用いてストーリーを伝えていくかという課題を毎週与えられた。そして最終課題では、それまでに作成したストーリーボードを用いて短い8ミリ・フィルム作品を制作。デジタルカメラやビデオカメラがすっかり日常的なツールとなっている今では、映像という媒体を使って表現するということ自体はすでに珍しい体験ではないのだが、デジタルのように簡単に「上書き」のできない映像体験をもたらすという意味で、フィルムというメディアのファンがまだ多いことも納得できた。
 その後、Cinematography 1、2 といった撮影専門のクラスに進むと、ようやくフィルムスクールらしくなってくる。まず、BolexやArriflexの16ミリフィルム・カメラを使っての実習をいくつか行い、1年半経った現在、ようやくCinematography 3というクラスでArriflexの35ミリカメラの使い方を学んでいる。考えてみると結構長い道のりだ。
 ご存知の方も多いと思うが、Arriflexはドイツのアーノルド&リヒター社のカメラで、パナビジョン社のカメラと需要を二分している有名なカメラだが、もともとはナチスドイツが戦場のニュース撮影のために開発したもの。現在クラスで使い方を学んでいる機種も、ベトナム戦争の記録に使われていたものだそうで、とてもコンパクトだ。いかにも、20世紀とともに歩んできた技術だなあ、という感じがする。カメラに安定性を持たせるため部品はひとつひとつがとても重く、組み立て方も機種ごとに多少異なるので、フィルムのローディングの仕方から、レンズの装着の仕方、フォーカスの合わせ方まで、細かいチェックと受けながら学んでいく。
 生徒の数はわずかに8人ほどなので、毎回3台の異なる機種のカメラを2〜3人組みのチームで組み立て、実際に使ってみることができる。うちの学校の場合、こうしたクラスはほとんど少人数で、できるだけ一人一人が実際にカメラに触れるようにとの配慮がなされているが、公立校になるとそうもいかず、生徒の数に対して機材の数が圧倒的に少ないといった問題を抱えているそうだ。学校選びの際は、こうしたクラスの状況をあらかじめ確認しておいたほうがいいだろう。また、課外での実習課題を制作する際にも、カメラや照明をあらかじめ予約して借り出さなければならないため、あまり機材の数が少ないと、撮影したい日に予約が殺到して借りられなくなってしまうこともあるので、個人の制作活動にも計画性が求められる。
 また、わたしは履修する予定ではないが、この上にはさらにCinematography 4という上級クラスがあり、そこでは水中撮影やヘリコプターからの上空撮影などを実習で行うとのこと。こうした特殊撮影を体験するクラスというのは全米のフィルムスクールでもほとんど見られない珍しい試みだそうだ。また、来学期からは、ついにHD24Pカムコーダーの実習も始まるということだ。文字通り「フィルム」を教えるフィルムスクールにも、デジタルの波は確実に押し寄せている。
 
「ラスト・サムライ」のカメラマンが授業に
 撮影のクラスと同時進行で学んでいく重要なクラスが照明だ。現在はLighting 2というクラスで、セットでの照明を学んでいる。この実践中心の授業では、クラスをCamera Department(撮影担当)、Lighting Department(照明担当)、Grip Department(Dollyなどの器具担当)とに分け、毎回決められた照明プランに沿って照明をセットし、撮影までを行うという忙しい内容になっている。みんなで照明をセットアップするのに丸2時間ほどかかるため、最後の数十分で急いで撮影をすることになる。しかし、実際の現場でもカメラ位置や照明のセッティングは、カメラを回す時間の何倍もかかるのが普通である。本編ではわずか数分、数秒のシーンのために皆が一致団結して光を照らす。チームワークが最も物を言うプロセスだ。
 担当している講師のMatt Braun氏は、この授業を教えるためにわざわざロサンゼルスから毎週早朝のフライトで飛んで来る。ハリウッドで活躍する現役のDirector of Photography(撮影監督:通称DP)であり、Gaffer(照明部門のトップ)でもある。通常の授業では、このMattがDPとなって現場のイメージ、照明プランをチームに伝えながらセッティングを行うのだが、つい先日このMattがハリウッドから仕事仲間のMike Thomas氏をクラスに招き、彼と一緒にセッティングを行うという貴重な機会を持たせてくれた。
ビューファインダーを覗きながら、
カメラの動きをチェックするThomas氏。
 Mike Thomas氏は、ハリウッドで活躍するベテランのカメラマン。かかわってきた仕事も「ラストサムライ」や「シン・レッド・ライン」、「キャストアウェイ」など大作ばかり。ちなみに、「カメラマン」という肩書きについてここで注意しておきたいのだが、こちらのカメラ部隊というのは大抵、(1)Director of Photography (2)Camera Operator(3)First Assistant Cameraman(4)Second Assistant Cameraman(5)Loader (6)Still Photographerというポジションで構成されており、日本語で言う撮影監督、というのはDirector of Photographyのことだが、ハリウッド映画のように大きな作品になると実際に撮影監督がカメラをまわすということはなく、実際にカメラを操作するのはCamera Operatorの仕事である。
 したがって、「ラストサムライ」でも実際にカメラを握って撮影をしたのは、Camera Operatorの彼ということだ。大作になるとCamera Operatorを二人抱えて交代で撮影するということもあるようだが、Director of PhotographyやDirectorのイメージどおりの映像を、確実にフィルムに納めるその腕を信頼されているからこそできる仕事である。Thomas氏は長年このCamera Operatorとして仕事をしながら、特殊撮影のDirector of Photographyとしても活躍されてきた。
今回の照明プランはLow Key、ハイコントラストなリビングルーム。Thomas氏の寡黙で真剣な姿に感銘。
 特殊撮影のDirector of Photographyのなかでも彼が最も得意とするのが水中撮影。「キャストアウェイ」では主演のトムハンクスが波に飲まれながら海で漂流するシーンが出てくるが、そのシーンのほとんどがCGを使ったスペシャルエフェクトではなく、実写で撮影したものだということを聞いて驚いた。「どうして水中撮影のDPになったんですか?」という生徒の質問に、「他にやってる人がいなかったからさ」と答えるThomas氏。「やりたいことを続けようと思っても、生活はしていかなくちゃいけないからね。家族も養わなくてはならないし。時には、あまり人がやりたがらない厳しい仕事に飛び込んでいくことでチャンスが開ける。今は、特殊撮影からスタートしたキャリアが、Camera Operatorとしてのキャリアとうまく相まってきた」と、これまでの道のりを振り返って語るThomas氏は、あのハリウッドの熾烈な競争社会を勝ち抜いてきた人とは思えぬほど穏やかで優しそうな印象だった。
 しかしその後、一緒に教室のセットに入ってライトのセッティングを始めた途端、その穏やかな眼差しが急に強い力を帯びるのがわかり、セットは静かな緊張感に包まれた。私はその日、持ち回りでSecond Assistant Cameramanをやることになり、カメラの組み立てやフィルムのローディングなどをしながら、Thomas氏の仕事ぶりを身近に見ることができた。フィルムスクールでの小さな実習とはいえ、Thomas氏の姿勢は真剣そのもの。生徒達の誰よりも積極的にセットを行き来し、セット上の光をデザインしていく。その間、言葉はほとんど発さず、指示を出すときも非常に穏やかな口調で、しかし力のこもった視線で生徒に語りかける姿に少なからず感銘を受けた。無言実行とはこのことか、と思わせるほどのスマートな仕事ぶり。さすがである。3時間に及ぶクラスが、彼との共同作業をするうちにあっという間に終了時間に近づいてしまった。
 
ハリウッドは政治の世界
 Thomas氏の語った話のなかでも特に印象的だったのは、「ハリウッドという場所は実力が10パーセント、残りの90パーセントはすべてPolitics(政治)」ということだ。「これまで、デビューしたての若手のDPがいきなり大作に抜擢されて瞬く間にスターダムに上りつめた例をいくつも知っているが、そういうDPがその後どこへ行ったか誰も知らない」とか。ハリウッドのPoliticsを知らずにうまく持ち上げられ、利用され、その後無残にもポイされてしまったということか。(怖!)Politicsを知らずに慢心していると泣く羽目になる、という話を表情一つ変えず穏やかに語るThomas氏の陰の苦労を、なんとなく勝手に想像してしまったのは私だけではなかっただろう。
授業の終わりにThomas氏と記念撮影。とても気さくな方でした。
 授業の終わりにご挨拶に行くと、出身をたずねられたので「日本です」と言うと、優しそうな笑顔を浮かべて、「ラストサムライ」の撮影で姫路へ行ったときのお話をいろいろ聞かせてくださった。「本当は姫路城でも撮ろうという話があったんだけど、残念ながら実現しなかったんだ」とのこと。日本での撮影は全く敢行されなかったという噂を聞いていたが、実はそうではなかったらしい。
 また、オーストラリアまでロケハンへ行ったときも、「このあたりの丘がちょっと邪魔だなあ、この辺も土地が剥き出しでみっともないし」という話をプロデューサーと相談していたら、半年後、撮影時にはその丘は削られ、剥き出しだった土には立派な芝生が広がっていたとか。スケールの違いに唖然。でも、削られちゃった丘がちょっとかわいそう・・・。実際に現場で活躍されているプロから直接お話を伺い、一緒に実習を行えた今回の授業は、この1年半の留学のなかでも際立って刺激的な経験となった。
(次回に続く)