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| 特別対談:樋口真嗣(映画監督)×上杉裕世(ILM SFXアーティスト) |
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| 飯干真奈弥 |
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10月中旬、樋口監督から訪米の知らせを受ける。新作映画『ローレライ』(東宝2005年公開予定)の音響効果処理をサンフランシスコ郊外にあるスカイウォーカーサウンドで行うためだ。近年、邦画でも予算が比較的大きい作品になるとスカイウォーカーで音処理を行うことが少しずつ増えてきているようだ。11月から20日間の滞在というので、早速取材を申し込むと、快く承諾してもらった。せっかくルーカスフィルムの本拠地でお会いするのだからと、樋口さんとは旧知の友人であるILM(Industrial
Light & Magic)の上杉裕世さんにもお願いし、日本が生んだ特撮界のトップランナーお二人の対談が実現した。
11月5日、スカイウォーカー・ランチで行われたピクサースタジオの新作アニメ『THE
INCREDIBLES』(邦題『Mr.インクレディブル』)の試写会に、樋口さん、上杉さんらとご一緒させていただいたあと、樋口さんら日本からのスタッフが滞在しているロッジにてお話を伺うことができた。日本とアメリカ、それぞれの国で特撮のスペシャリストとしてのキャリアと地位を着実に築いてきたお二人に、これまで特撮界で歩んでこられた道のりや、特撮におけるアナログからデジタルへの変遷などについて伺った。 |
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| 渡米資金源は「欽ちゃんの仮装大賞」 |
| 飯干: |
お二人の最初の出会いは、上杉さんがまだ日本にいらした頃ですか? |
| 上杉: |
いや、もうこっちに来てからですね。日本へ帰るたびに古巣のイマジカには必ず顔を出していたので、そのときイマジカにいた樋口君に会ったのが最初だと思う。 |
| 樋口: |
実はね、イマジカの特撮課に欠員が出るので来ないかって誘われて、実はその欠員っていうのが渡米するために辞められた上杉さんのことだったんですよ。 |
| 上杉: |
え、そうなんだ? 知らなかったなあ。 |
| 樋口: |
で、そのとき誘ってくれた人っていうのが、あの古賀さん(注1)だったんだけど。 |
| 飯干: |
上杉さんが渡米された最初のきっかけというのは何だったんですか。 |
| 上杉: |
当時ドリームクエストというスタジオの創立メンバーだったロッコ・ジョフレとの出会いですね。美大の学生だった頃、コンビを組んでいろんな特撮を試して作品を作ってきた親友が、85年の東京国際映画祭のセミナーにロッコが講師として招かれて来るという情報を聞きつけてきて、一緒に参加したんです。当時、ドリームクエストといえばアメリカでもトップレベルのSFXスタジオで、ある意味でぼくらの大きな目標でもあったんです。なにしろ、その親友と二人で「DQJ」とか勝手に名乗って機材にロゴ入れたりしてましたからね。(笑) |
| 樋口: |
DQJって? |
| 上杉: |
「ドリームクエスト・ジャパン」の略。(笑) |
| 飯干: |
(笑)…で、ついにセミナーでその憧れのロッコさんと出会うわけですね。 |
| 上杉: |
そう。セミナー終了後にロッコに話かけて知り合うきっかけをつくって、その後、彼が帰国したあとも何度か自分の作品を送って見てもらっていました。で、そのうちロッコが独立して新しいスタジオを作るというので、そこに入って働く気があれば来なさいと声をかけてもらいました。 |
| 飯干: |
そこからすぐ労働ビザ出してもらえたんですか? |
| 上杉: |
いえ、最初はただのツーリスト・ビザで渡米して。アメリカって、昔はただの旅行でも半年くらい滞在できたんですよ。今は3ヶ月だけど。 |
| 飯干: |
樋口さんにお聞きしたんですけど、その時の渡米資金を「欽ちゃんの仮装大賞」で優勝した賞金で賄ったって本当ですか? |
| 上杉: |
そう、賞金100万円。今はもう200万円になりましたけどね、当時は「100万円」ていうのが大金の代名詞みたいな時代で。「欽ちゃんの仮装大賞」には高校のとき、学校の友達と一緒に参加したこともあって、初めてじゃなかったんですけどね。その時はいろいろあって結局一人で出ました。 |
| 飯干: |
すごいですね、どんな仮装やったんですか!? |
| 上杉: |
簡単に言うと…カブトムシとクワガタの闘い、みたいなやつですね。 |
| 飯干: |
見たかったなあ。(笑)それでいったん渡米されてから、また帰国してイマジカへ? |
| 上杉: |
しばらくそのLAのスタジオで働いたんですが、ビザの問題もあって結局そのままアメリカに居られなくなって、日本に帰ってきたんだけど、何もせずプータローしてるわけにもいかないので、イマジカの特撮課へ入って。その後、89年にILMへ行けることになって再度渡米するまでそこにいました。 |
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| 樋口さんご一行が滞在したスカイウォーカー・ランチ内の宿泊施設ラウンジにて。なぜか暖炉の前でポーズをとる二人。 |
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| 日米におけるポスプロ現場の違いとは |
| 飯干: |
上杉さんの場合、はじめにアメリカの現場をご経験されてから、一時的に日本の現場を見ることになったわけですよね。何か、大きな違いというのは感じました? |
| 上杉: |
やっぱり、ありましたよね。なんというか、そこで働いている人のモチベーションがそもそも違うというか…。アメリカで会ったアーティストたちは大抵、何かこういうことがやりたくてSFXの世界に入ったとか、すごく具体的にチャレンジしたいことがあってやっている人が多かったと思うんですけど、日本の場合、その辺の出発点が根本的に違うというか。まず、大きな会社という組織があって、そこで各部署に振り分けられていて、いまこれをしなくちゃいけないからやっている、というような印象がなんとなく強かったですね。 |
| 飯干: |
一方で樋口さんの場合は、同じ特撮の世界でも、上杉さんがおっしゃるような、ある意味で組織主導ともいえる日本の現場でやってこられたわけですね。 |
| 樋口: |
そう、そういう中でうまく自分に順番がまわってくるのを待ってたわけね。(笑) |
| 飯干: |
今回、樋口さんは『ローレライ』でスカイウォーカーのスタッフたちと一緒にお仕事なさってみていかがでした? |
| 樋口: |
まず、みんなだらだらと仕事をしないのね、日本みたいに。(笑)日本の現場は基本的に長丁場と決まっているから、仕事に区切りがない。いつまでも続く。だから、みんなだんだん疲弊してくるのね。でも、こっちは7時にはみんな帰っちゃうから。(笑)もちろん土日は完全に休みだし。でも、その分集中してやってくれている感じはします。 |
| 上杉: |
こっちの場合は、まずそれぞれのチームごとに仕事が振り分けられるときでも、全体の仕事量を見てからどれくらい時間が必要かとか、コストがかかるかを話し合って現場サイドから上に提示するんです。だから、それほど無理な仕事量を短時間に処理しなくてはいけないという状況にはなりませんね。 |
| 樋口: |
そのへんが一番違うんでしょうね。日本はまず、「時間も金もこれだけしかないから」って言われてやるわけだから。(笑)だって今度の『ゴジラ』は日本映画史上の最高記録に挑戦するらしいからね、60日で900カット処理だって! |
| 上杉: |
すごいなあ(苦笑) |
| 飯干: |
ILMにはいまどのくらい人がいるんですか? |
| 上杉: |
1000人くらいだと思います。 |
| 樋口: |
1000人もいるんですか?! すごい…学校みたいな人数だな。(笑) |
| 飯干: |
それだけ大勢いても、やっぱり仕事多く任せられる人とそうでない人がいます? |
| 上杉: |
それはどうしても上手い人のところには自然と仕事が集まってきますよね。 |
| 飯干: |
じゃあ、あまり仕事集まってこない人というのは? |
| 上杉: |
バッサリ切られますね。このあいだもかなり大量に辞めさせられましたよ。 |
| 飯干: |
それは、レイオフ(“Lay Off”=一時解雇)というかたちでですか? |
| 上杉: |
いや、本来はレイオフってそういう意味で行われていたと思うんですけど、今はレイオフといっても実質的にはクビなんですよね。辞める人たちも、みんな同じ職場に戻ってくることはもう考えずに次の職場探しをしていますからね。 |
| 飯干: |
ぎりぎりの人数で現場をフル回転させている日本とは対照的に見えますね。 |
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| 日本映画とストーリーボード |
| 樋口: |
そういえば、飯干さんの記事(注2)読んだけど「日本にはストーリーボードアーティストはいない」って書いてあったよね、あれ間違ってる! だって、おれずっと絵コンテ書いて食ってたんだから! |
| 飯干: |
え! すいません…でも、日本の映画界で絵コンテだけで食べれている人がいるなんて知らなかった…樋口さん含めて日本に何人いるんですか? |
| 樋口: |
うーん、3人くらい…。たとえば、庵野さん(注3)とかね。今回の『ローレライ』の絵コンテも庵野さん。ぼくが庵野さんの『キューティーハニー』の絵コンテやったときに「こんな画撮れるか!っていうようなスゴイやつ描いてきてよ」っていうから、言われたとおり映像にするのめちゃくちゃ難しいような絵コンテ描いていったら、本当に「こんな画とれないよ!」って言われて(笑)。で、今回庵野さんに『ローレライ』の絵コンテ頼んだら、まるでその仕返しのように「撮れねえよ!」っていう絵コンテ描いてくるんだよ、あの人。(笑) |
| 飯干: |
あの記事を書いたのはもう2年以上前のことなんですが、(と言いわけをしつつ、)そのなかで、漫画原作の映画化は、すでに絵コンテが存在しているようなものだからビジュアライズしやすいんじゃないか、という内容のことを書いたのですけれど、先日、『キネマ旬報』で一瀬隆重さん(注4)が「漫画は省略の世界の上に成り立っているので映画にするとうまくいかない場合が多い」とインタビューのなかでおっしゃっていたのを読んで、自分の考えは浅かったかな、と考えていたところでした。『ローレライ』は小説(『終戦のローレライ』福井晴敏著)が原作になっていますけど、樋口さんご自身、漫画原作の映画化ということについてはどう思われます? |
| 樋口: |
漫画原作は難しいのよ。だって、みんなが読んでるでしょう。小説よりも何倍もの読者がいるわけだから、みんなが知っているものを映画にするのは本当に難しい。漫画の映画化だって、成功したのはせいぜい『スパイダーマン』くらいじゃない?成功してるものより失敗してるもののほうが断然多い。成功例ばかり見てるんじゃなくて、失敗例を見なくちゃ意味ないと思うよ。 |
| 飯干: |
じゃあ、樋口さんご自身は漫画原作の映画化のお話がきても興味はないですか? |
| 樋口: |
いや、今までも話がきたことはあるのよ。すごく好きな作品で興味はあったんだけど、やっぱり失敗したら漫画の作者に申し訳ないからって泣く泣く断ったのね。そうしたら別の奴が映画にしてさ、本当にひどいやつ出来上がったのね。許せないね。 |
| 飯干: |
(笑)これだったらやってみたい、というのは今はないんですか? |
| 樋口: |
あるんだよそれが、ひとつだけ。『寄生獣』(注5)。あれはやってみたいよね。 |
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3人で記念撮影。このロッジの各客室には、映画監督やアーティストの名前がつけられており、内装もそれにあわせてデザインされているという凝りようだとか。
ちなみに樋口さんの泊まった部屋は「エリア・カザン」だったそう。 |
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| デジタル環境のもたらす可能性と課題 |
| 飯干: |
お二人はほぼ同じ世代なんでしょうか。 |
| 樋口: |
同じくらいですよね、おれ65年ですけど。 |
| 上杉: |
ぼくは64年だから、ひとつ違いですね。 |
| 飯干: |
以前、樋口さんが東大へ講義しにいらしたとき、高校の頃から撮影所にもぐりこんでいるうちに本当に現場の手伝いをするようになったと伺いましたが。 |
| 樋口: |
そう、とにかく映画の現場にいたかったのね。なんでもよかったわけ。そのうち特撮模型とか作るようになったけど、何か人と一緒に物づくりをしていくという、そのことがとにかく楽しくて。映画を監督するようになるなんて考えてもなかったね。 |
| 上杉: |
ぼくも、基本的には中学や高校くらいから友だちと8ミリで撮ったりして、自分で簡単な特撮みたいなのをやっているうちに夢中になって、そういう仕事をしたいと思うようになった。ひとつの画を撮るのに、どうやったらそのように見せられるか、という工夫を頭ひねって考え出すのがとにかく面白かったんです。 |
| 飯干: |
そのように伺うと、お二人のキャリアの出発となった原体験のようなものは非常にアナログな「ものづくり」という点が非常に共通しているように思えます。そして、特撮技術のデジタルへの移行というのを、お二人ともキャリアのほぼ同じタイミングでご経験なさるわけですけど。 |
| 上杉: |
そういうことになりますね。たぶん、ぼくたちの世代が一番いいタイミングでデジタルの時代を迎えたと思いますよ。デジタル以前と以後をちょうどよく両方経験している世代ですね。 |
| 飯干: |
ILMには、今もどんどん若いエフェクツ・アーティストたちが入ってきていると思いますが、デジタル時代になってからの特撮で育ってきたアーティストたちと向き合うとき、なにか感じるものはありますか。 |
| 上杉: |
うーん、「負けないよ」っていう感じかな?(笑) |
| 飯干: |
というと? |
| 上杉: |
まり、デジタルになるまえから特撮やってるわけだから、ひとつのものを実現させるための考え方というか、アプローチの仕方を幾通りも考え出すことができるわけです。若い連中にはそういうことで負けない自信がありますね。限られた状況や条件のなかでも、なんとかして解決策を見つけ出すということです。それと、いざというときの集中力ですね。やっぱり、デジタル以前の特撮は、どうしてもやり直しの効かない勝負どころというのがあったわけで、そういう時の集中力というのは、デジタルのUndo,
Redo が当たり前になっている人たちよりも培われていると思う。 |
| 樋口: |
ああ、それわかります。たとえばね、誰かが何か画を描いて「ちょっと見てもらいたいんですけど」っておれのところ持って来るとするでしょ、で、「何を見てもらいたいの?」って聞くと、向こうは「えっ?」っていう反応するのね。こっちとしては、「これとこれ、どっちがいいか」って訊いてくるとか、そういう決定をしてもらうのでなければ一体何を見てもらいたいの、という感じなわけ。で、仮に「ここはもっとこうしたほうがいいと思うよ」とかって言うと、「あ、そこはまだ途中なんで」とか言うのね。「まだ途中なら見せにくるなよ!」っていいたい。そういう、つるっ、としたことやっちゃうのよ、デジタルな人たちって。いつでもなんでもやり直しできると思っているから、そうやって途中のものでも見せに来る。 |
| 飯干: |
なるほど。わかる気がします。 |
| 上杉: |
デジタルっていうのは、本当にいくらでもやり直しができるし、続けようと思えばどこまででもやれてしまうという無限の可能性をもっているんだけど、最近気がついたのは、だから「締め切り」があるんだ、ということ。じゃないと、いつまでもきりがない。「締め切りって自分のためでもあるんだな」って最近になって気がつきましたよ。(笑) |
| 樋口: |
確かにそうですね。でも、これだけデジタル環境が進むと、だんだん仕事が在宅にシフトするってことにならないんですか? |
| 上杉: |
いや、ぼくもいずれそうなるのかと思っていたんだけど、たぶんそうはならない。とにかくセキュリティの問題があるから。実は、先日も若いアシスタントが新作『スターウォーズ/ エピソード3』の一部映像を外に持ち出したってことで捕まったばかりで、スタジオ側はすっかりナーバスになってるので、ぼくたちみんなログインするたびにパスワードが変わる(使い捨てパスワード認証)のデバイスを持たされているんですよ。 |
| 飯干: |
ところで、上杉さんは今後もずっとアメリカベースの予定ですか? |
| 上杉: |
いや、子供ができたので、その辺はちょっといろいろ考えますよね。やっぱり、日本人として育ってもらいたいという気持ちもありますし。…でも『ゴジラ』の60日で900カットとか聞くとちょっと日本に戻るのは考えちゃうなあ…。 |
| 樋口: |
仕事環境を考えたらアメリカにいたほうが絶対いいですよ。(笑) |
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| 樋口真嗣(ひぐち・しんじ)氏 略歴 |
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上杉裕世(うえすぎ・ゆうせい)氏 略歴 |
1965年東京都出身。映画監督。'84年『ゴジラ』の特殊造型に携わり、以降『帝都物語』('88)などの特技の絵コンテを担当する。'95年より『ガメラ』シリーズの特殊技術監督として活躍。また、'97年にはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で作画監督を担当。'02年「ミニモニ。ジャ・ムービー お菓子な大冒険!」(2002)で劇場映画監督デビュー、次回監督作「ローレライ」の公開を来春に控えている。その他、『さくや妖怪伝』('01)、『修羅雪姫』('01)で特技監督、「CASSHERN」('04)のバトルシーンコンテ、「NIN
NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE」('04)の絵コンテを担当するなど、多数の作品に参加している。 |
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1964年広島県出身。SFXアーティスト。'85年東京国際映画祭の「SFXアカデミー」をきっかけにマットペインター、ロッコ・ジョフレに師事。'87年渡米しジョフレのスタジオに入る。その後イマジカを経て'89年にILM入社、マットデパートメントのスーパーバイザーとして活躍。『インディ・ジョーンズ/若き日の大冒険』ではエミー賞ビジュアルイフェクツ賞を受賞。参加した主な作品は『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』('89年)、『ダイ・ハード2』('90年)、『フック』('91年)、『ロケッティア』('91年)、『ジュラシック・パーク』('93年)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』('94年)、『スター・ウォーズエピソード1/ファントム・メナス』('99)、スター・ウォーズエピソード2/クローンの攻撃』('02)など多数。 |
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(注1) 古賀信明(こが・のぶあき)氏:ビジュアルエフェクトスーパーバイザー。有限会社スペシャルエフエックススタジオ取締役。主要作品は、『学校の怪談』(95年)、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』(97年)、『五条霊戦記/GOJOE』(00年)、「アヴァロン」(00年)、「千年の恋ひかる源氏物語」(01年)など。
「VFXフォトリアリティへの挑戦」2003年7月DCAj特別セミナー 参照) |
| (注2) アメリカ・レポート連載第1回「日本映画とストーリーボード」のこと。 |
| (注3) 庵野秀明(あんの・ひであき)氏:映画・アニメ監督。主要作品は、『CUTIE HONEY キューティーハニー』(03年)、『式日-SHIKI-JITSU-』(00年)、『ラブ&ポップ』(98年)、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air/まごころを君に』(97年)、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版シト新生』(1997)など。 |
| (注4) 一瀬隆重(いちせ・たかしげ)氏:映画プロデューサー。主要作品は、『帝都物語』(88年)、『帝都大戦』(89年)、『リング』、『らせん』(98年)、『呪怨』、『呪怨2』(00年)、『Love Song』、『修羅雪姫』(01年)。『呪怨』のアメリカ版リメーク『The Grudge』(04年)をサム・ライミと共にプロデュース、全米興行成績初登場1位となる。 |
| (注5) 『寄生獣』:アフタヌーン(講談社)1990年1月号〜1995年2月号に連載の漫画。地球に飛来した寄生生物が人間に寄生するといった内容。岩明均(いわあき・ひとし)著。1998年第17回講談社漫画賞受賞、1996年第27回星雲賞コミック部門受賞。 |
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