マーヴェル復活劇を支えたアメコミ映画ブーム
 
飯干真奈弥  
 
 映画ビジネスはリスキーなギャンブルだと言い出したのは誰だろう。実際に映画を作ったことのある人間なのか、それとも映画に出資したことのある人間なのか、はたまた、お金を払って映画を見ている人間なのか。「10本に1本当たればよし」と言われているハリウッド映画の話など聞けば、おそらく誰もが映画は「ギャンブル」だと感じるだろう。
 確かにまともな映画を一本作るには莫大なお金がかかる。ハリウッド映画の制作費などはまるで天井知らずで、現在では平均製作費6000万ドル(約72億円)とも言われている。そして、こうした高額の投資を回収するには、劇場公開から二次利用のプロセスを経るまで長い時間が必要だ。もちろん、その間のマーケティングコストもバカにならない。
 しかし、もしもこのリスキーな「ギャンブル」で連戦連勝を続けている敏腕ビジネスマンがいるとしたら信じるだろうか。しかもそれが、『スパイダーマン』をはじめとするスーパーヒーロー達を数多く生んだ老舗コミック出版社を、倒産という窮地から復活させるための意識的な「再生手段」を講じた結果であったとしたら。まさに一発逆転という印象を与えるこの復活劇は、映画はやはり「勝負」である、という認識を新たにすると同時に、ひょっとすると映画はやり方さえ間違えなければ大負けすることはないビジネスなのではないか、とも思わせる。そして、「コミックと映画」という吉凶混合する組み合わせを生かすも殺すも、要はやり方次第なのだと。
 
マーヴェル映画の「負けない勝ち」
 1998年の『ブレイド』から始まったマーヴェル映画の快進撃は、2002年『スパイダーマン』の大ヒットによって世界中を一気に「アメコミ映画ブーム」の渦に巻き込んでしまった。「アメコミ映画ブーム」と言ったって、大ヒットしたのはせいぜい『スパイダーマン』くらいじゃないか、という人もいるだろう。確かに『スパイダーマン』の世界的大ヒットは、1978年に第一作が公開されたワーナーブラザーズの『スーパーマン』シリーズ以来といってもいい爆発的な成功だった。しかし、マーヴェル社がプロデュースしたアメコミ映画のうちビジネスとして成功したのが『スパイダーマン』だけというのは、事実として正しくない。むしろ、「連戦連勝」といってもいいくらいの見事な成績を収めているのである。
 
マーヴェル社コミック原作映画の劇場興行収支一覧
映画タイトル Studio 指定 館数 制作費+P&A費 米国内総グロス 海外総グロス 全世界総グロス
ブレイド New Line '98 R 2,389 N/A 7,008万ドル 6,109万ドル 1億3,118万ドル
X-MEN Fox '00 PG-13 3,112 7,500万+2,270万ドル 1億5,700万ドル 1億3,800万ドル 2億9,500万ドル
ブレイド2 New Line '02 R 2,707 5,400万+2,500万ドル 8,234万ドル 7,266万ドル 1億5,501万ドル
スパイダーマン Sony '02 PG-13 3,876 1億3,900万+5,000万ドル 4億370万ドル 4億1,800万ドル 8億2,170万ドル
デアデビル Fox '03 PG-13 3,474 7,800万+4,500万ドル 1億254万ドル 7,663万ドル 1億7,917万ドル
ハルク Universal '03 PG-13 3,674 1億3,700万+3,500万ドル 1億3,217万ドル 1億1,310万ドル 2億4,528万ドル
X-MEN 2 Fox '03 PG-13 3,749 1億1,000万+4,000万ドル 2億1,494万ドル 1億9,150万ドル 4億644万ドル
スパイダーマン2 Sony '04 PG-13 4,166 2億+5,000万ドル 3億7,358万ドル 4億1,037万ドル 7億8,396万ドル
パニッシャー Lions Gate '04 R 2,649 3,300万+2,000万ドル 3,378万ドル 2,089万ドル 5,467万ドル
ブレイド:トリニティ New Line '05 R 2,912 6,500万+N/Aドル 5,241万ドル 6,043万ドル 1億1,284万ドル
(データ出典:http://www.boxofficemojo.com/)
 
 劇場公開の収支だけを見ると、確かに『スパイダーマン』、『スパイダーマン2』の残した記録はすごい。しかし、映画ビジネスにおける「勝ち」のスタイルには、この『スパイダーマン』のような「圧勝」だけではない。「負けない勝ち」という、いわば計算どおりのスマートな「勝ち」というのもあるのではないか。
 たとえば、興業的に失敗だったとよく言われる『ハルク』を例にとると、全世界総グロスの50%を配給収入とした場合(注1)、そこから30%〜40%の配給手数料を引いたとしても7300万〜8500万ドルほどの収入となる。製作費とP&A費があわせて1億7200万ドルかかっているのだから、劇場配給からの収入だけではもちろん赤字である。しかし、ハリウッド映画の平均的な劇場配給収入は、劇場以外の二次利用(ビデオ・DVD・ケーブルテレビなど)からの配給収入をすべてあわせた全収入の半分以下に過ぎないといわれる。ここにゲームやキャラクターグッズなどのマーチャンダイジング権利料なども加わると、配給に関わる経費を引いても、このレベルであれば、勝負としてはトントン、損をしない程度の手堅い「勝ち」といえなくもない。
 その証拠に、マーヴェルの映画製作会社マーヴェル・スタジオでは現在『ハルク2』の企画が進行中という。また、『ブレイド』シリーズや『X-MEN』シリーズなどのヒット作も続編企画が後を絶たない。2005年から2006年にかけては、スーパーヒーローものやコミック生まれの映画がアメリカの劇場を独占すると見られている。このようにマーヴェル社のコミックを原作とした映画の公開が今後も次々と予定されている現状こそ、マーヴェル映画の「負けない勝ち」がハリウッドでいかにパワーを振るっているかを物語っているだろう。マーヴェル社は現在、約4700ものキャラクターの権利を保有しているが、その99%がまだスクリーンには登場していないという。こうした手堅い「勝ち」を続けながら、うまくいけば『スパイダーマン』のような「圧勝」を狙えるとなれば、ハリウッドのスタジオが次々とがマーヴェル・スタジオと組みたがるのも不思議ではない。
 
●2005年以降公開予定のアメコミ映画
 ゴーストライダー  2005年 1月
 コンスタンティン  2005年 3月
 エレクトラ  2005年 3月
 バットマン5:ビギンズ  2005年 6月
 ファンタスティック・フォー  2005年 7月
 Ultraviolet  2005年 夏
 V for Vendetta  2005年 秋
 パニッシャー2  2005年 秋
 Mirrormask  2005年 秋
 Iron Fist  2005年 未定
 Deathlok  2005年 未定
 A History of Violence  2005年 未定
 Luke Cage  2005年 未定
 X-MEN3  2006年 5月
 スーパーマン5  2006年 夏
 スパイダーマン3  2007年 5月
 
マーヴェル復活までの軌跡
 ここ数年の映画の成功で一気にエンターテインメント業界の大手となったマーヴェル。だが、その長い道のりは決して平坦なものではなかった。1930年代から幾度か名前を変えつつも続いてきたこの老舗コミック出版社は、1950年代の出版不況時代から一度ならず倒産の危機にさらされながらも、ライバル会社DCコミックスと共に2大コミック出版社として、決して大きくはないアメコミ業界をリードしてきた。
 1960年代になって、DCコミックがスーパーヒーローもののコミックをヒットさせ、不況の中から勢いを盛り返したのを機に、マーヴェルでも後に『スパイダーマン』の生みの親となるStan Leeらが中心となって『ファンタスティック・フォー(“The Fantastic Four”)』を出版しヒットさせる。
 その後マーヴェルは、それまでのスーパーヒーローコミックでは貧弱になりがちだったキャラクタリゼーションに焦点をあて、『スパイダーマン』のように自信喪失に陥ったり、ありふれた悩みを抱えたりするヒーローを登場させる。また、傷を負っている者、奇形や異形の者、はみだし者など、それまでの伝統的な逞しいヒーローたちのようにハンサムでもパーフェクトでもない「異端」のキャラクターを多く生み出し、アメコミ界に新風を送り込むことに成功したのである。
 1970年代に入ると、次々と生み出したヒット作によって伝説的人物となっていたStan Leeがマーヴェルの中心から外れ、新しい編集者たちがホラーやチャンバラ、魔法もの、SFなどの新ジャンルを開拓し、より年齢層の高い読者たちをターゲットにしたコミックを出版しはじめ、そこそこの成功を収めていく。
 1980年代にはテレビアニメ業界にも進出。DePatie-Freleng Enterprises というアニメスタジオを買って「Marvel Productions Ltd.」とすると、『G.I. Joe』、『The Transformers』、『Muppet Babies』などのアニメ番組をプロデュースしはじめる。ところが、しだいに経営がうまくゆかなくなり、結局1988年にマーヴェルのオーナーとなった投資家Ronald Perelmanによってこのアニメスタジオは永久閉鎖に追い込まれるという事態に。
 そしていよいよ、マーヴェルとアメコミ業界にとって激動の時代となる1990年代へ突入。コレクターたちが投機目的のコミック収集に夢中になった1990年代前半、空前のコミックブームが訪れる。アメコミ業界全体が好景気に沸いたのも束の間、90年代半ばにさしかかって一気にブームが去ってしまうと、コミック本の売上は急速に落ち込み、窮地に立たされたマーヴェルはついに破産に追いこまれてしまう。
 この後、マーヴェルは会社のオーナシップや権利関係の法的バトルなどの紆余曲折を経て、90年代後半にマーヴェルの関連会社であったToy Bizのオーナー、Isaac Perlmutterの手に渡ると、会社組織の抜本的な改革が行われた。新しいキャラクターやコミックの生産をいったん止め、これまでに蓄積した約4700もの既存のキャラクターの権利を生かしてのフランチャイズ・ビジネスへとシフトしたのだ。そして2000年に入ってようやく破産から抜け出すことができたマーヴェルは、現在もなおアメリカのコミック業界のキープレイヤーとしての地位を誇るだけでなく、ハリウッドへの本格的な進出によってエンタテイメント業界全体から注目を浴びる存在へと見事な復活を遂げたのである。
 
復活の立役者、AviAradという新たな伝説
 マーヴェルの最大の武器はなんといっても、所有している約4700にも及ぶキャラクターたちの権利である。これらのキャラクターたちは、アメコミというある意味閉ざされたマーケットのなかだけで活躍していたあいだ、それほど多くの人にとって魅力的な存在ではなかったようである。それが、映画になった途端、マス・マーケットの消費者たちの心をしっかりと掴み、逆に彼らをアメコミの世界へと引っ張り込もうとさえしている。
 マーヴェル社のコミック書籍発行人であるダン・バックリー氏が昨年末の『Wired News』(12月21日付)に語ったところによれば、現在アメリカのコミック産業はこれまでになく好調な時期を迎えており、マーヴェル社のコミックを原作にした映画が公開されるたびに、同社の出版事業の業績ははね上がるのだという。事実、マーヴェル社の書籍売上はここ4、5年で倍増している。以前は浮き沈みの激しかったコミック市場が急速に安定しつつあるのは、コミックから派生するビデオゲームや関連グッズなど商品の多様化に加え、日本のマンガやグラフィック・ノベルなどの台頭によるジャンルの多様化が、一部のカルト人気を越えた広い読者層を徐々に形成してきたからだという。さらに、このコミック市場の人気と勢いを決定づけたのが、マーヴェル原作映画が火付け役となったアメコミ映画ブームというわけだ。
 そして、この空前の大ブームを仕掛けたマーヴェル復活の立役者というのが、マーヴェル映画すべてのプロデューサーをつとめるマーヴェル・スタジオのトップ、Avi Arad氏なのである。Arad氏が1998年にプロデュースした映画『ブレイド』と2000年の『X-メン』のヒットが、それまで一般の人がアメコミ映画に対して抱いていた「子供向け映画」というイメージを覆し、アメコミ映画への関心を集めることに成功する。コミックの映画化に関するニュースと情報を提供するウェブサイト、『コミックス・トゥ・フィルム』(http://www.comics2film.com/)なども創設された。そして、2002年に大ヒットし、映画史上6番目の興行収入を記録した『スパイダーマン』によって、「マーヴェルコミック+ハリウッド映画」という勝利の方程式を決定的なものにしたのである。
 とはいえ、アメコミ映画自体の歴史は長く、1940年代より雑誌や新聞には『キャプテン・マーベル』、『ファントム』、『バットマン』、『スーパーマン』、『キャプテン・アメリカ』などといったコミックが連載されており、そこから後にアニメや実写になった作品も多い。しかし、まだCGが現在のように高いクオリティを実現できていなかった当時の実写映画では、大人をも満足させるようなリアリティのあるエンタテイメントにはなり得なかったのである。コミックを上回る出来のものはほとんど作られず、その結果、アメコミの映画化の権利は当時のハリウッドでも二束三文の値がつけられたうえに誰も欲しがらなかったという。
 事実、Arad氏がハリウッドのメジャースタジオへ自社原作コミックの映画化企画を持ち込んだときも、スタジオの幹部たちはほとんど興味を示さず、半信半疑で彼の話を聞いていたという。同氏がIGN FILMFORCEのインタビューで語ったところによれば、彼の企画を聞いたハリウッドのスタジオ幹部たちは「君の話はわかった、その一部の熱心なコミックファンたちが大挙をなして映画館に押し寄せてくると。それで、そのあとはどうなるのかね?」と一般の観客たちがアメコミ映画に興味を示すとは思っていなかったそうだ。しかし、マーヴェルの関連会社などでキャラクターの玩具デザインなどを長年やってきた経験もあるArad氏は、誰よりもマーヴェルのキャラクターたちを愛し、そのストーリーの奥深さをよく理解していた。根気強くメジャースタジオの説得を続け、ようやく幹部たちの首を立てに振らせる。
 メジャースタジオの幹部たちが慎重になったのも無理はない。映画の分野では成功の実績を積んでいないArad氏と一緒に、何十億という額をかけた勝負をしろというのだから。子供から大人までの広い年齢層を引きつけるためには、コミック原作を優れたエンタテイメント映画に仕立てるための念入りなデベロップメント、客を呼び寄せるドル箱スター、そして何よりもトップレベルのスペシャルエフェクトの達人たちがどうしても必要となる。メジャースタジオはこの手の映画でどう勝算を立てたらよいものか困惑していたという。
 しかし、90年代後半は進歩のめざましいCG技術をふんだんに使って観客をあっといわせる映画が多く作られており、Arad氏の企画もそうしたCGを売り物にしたジャンルとして作ればなんとかいけるのではないか、ということ、そして、少年・青年時代にマーヴェルのアメコミを読んで育った若手監督やアーティストたちがハリウッドで活躍し始めていたことも影響して、企画はついに走り出すことになったのだ。
 Arad氏は映画の成功の理由を「とにかくよいストーリーとキャラクターがあること。そして、世界中ほかのどこをさがしても見当たらないほど素晴らしいストーリーボードを用意したこと」と語っている。そして、マーヴェルのコミックに登場するスーパーヒーローたちが、21世紀に生きる私たちと同じ現実的な悩みを抱えている点を指摘する。苦悩するヒーローたちを通じて、マーヴェル映画は、もし自分たちが超人的な力を手に入れたらどうするかを問いかけてくるが、それはときに『スパイダーマン』のように、青春や責任、成長がテーマになることもあれば、『X-メン』のように、偏見や迫害、追放が題材となることもある。Arad氏は映画づくりに関わる監督や関係者たちに、こうした異形、異端の悩めるヒーローたちが現代社会にも共通するメタファーとして語られていることを根気強く説明してまわったという。
 1970年にイスラエルからアメリカへ移住した後、トラック運転手などの職を転々とした経験を持ちながら、現在ハリウッドで最もパワーのあるプロデューサーの仲間入りをしたArad氏は今、Stan Leeに替わる新たなマーヴェルの伝説となった。同郷のビジネスパートナー、マーヴェル社CEOのIsaac Perlmutterと共に世に送り出すヒーローたちは、そんな彼らの民族的な迫害の歴史と傷跡をも内包した21世紀的ヒーロー像となって生き続けていくのかもしれない。
 何度も倒産の危機に陥りながら、ようやく復活への道のりに辿り着いたマーヴェル。その復活劇の鍵は、新しいものを作り出すということよりも、自分達が所有する現存のキャラクターたちのバリューをいかに最大限に引き出せる「仕掛け」を行うか、ということだろう。そのためには、貴重なキャラクターたちをコミックから銀幕の世界へ思い切って連れ出すことが重要なのだと、Arad氏は判っていたに違いない。キャラクターがマス・マーケットでリアルに動き出すためには、やはり動画となりより多くのオーディエンスを獲得することが不可欠なのだ。彼らの方法論は、いわゆるヒーローだけではない多彩なキャラクターを有する日本のコミックキャラクターたちにも十分適用できるのではないだろうか。

Photo by Albert L. Ortega,WireImage.com
 

(注1) アメリカでは劇場側の力が強く、リスクを減らすために劇場が興行収入のうち、5割どころか6割〜8割をとるというケースも多い。しかし、大手配給会社が続けて公開するマーヴェル映画のような大作の場合は多くの観客動員数を見込んで劇場側の要求も5割程度になるといわれている。