「ASIA」という名のソフトパワー
 
飯干真奈弥  
 
密かに広がる「アジアフィリア」現象
 “Asiaphilia(アジアフィリア)”という言葉をご存知だろうか。直訳すると「アジア偏愛」という意味になるが、これはアジア文化に特別な興味と偏愛を傾ける人たち、とりわけアジア人以外(おもに白人)のことを指す。この場合の「アジア文化」とは、アジアの音楽や食べ物、映画や人そのもの(アジア女性好き、男性好き)など広義にわたる。この言葉の根底に見え隠れする差別的ニュアンスは決して無視することのできないものだが、その一方で、この言葉がときに、日本のアニメやコスプレなどのサブカルチャーを愛好する非アジア人をも意味し、ときに彼ら自身が嬉々として「OTAKU」と名乗っているところなどを見ると、単なる差別的構図から越境したところでのアジア文化への「同化願望」が、ここアメリカでも少しずつ社会現象化してきているように思う。
サンフランシスコ日本人街周辺
 サンフランシスコには、日系移民たちが築いた歴史ある日系人コミュニティがあり、この街の観光スポットともなっている日本人街(Japan Town)は来年でちょうど100周年を迎える。周辺には、日本食スーパーやビデオレンタルショップ、レストラン、カラオケバーなどが集合し、隣接したところには韓国レストランやバーなども軒を連ねているが、地域との中核となっているのは、紀伊国屋ビル、近鉄ビル、都ホテルなどが連なった「Japan Center(通称ジャパセン)」と呼ばれるモールの集合施設である。この「Japan Center」の建っている土地はサンフランシスコ市の所有となっており、この日本人街とその歴史を保護する名目で各ビルのオーナーにリースされているものだ。
 週末ともなれば、この「Japan Center」はショッピングや食事を楽しみにくる人々でごったがえす。もちろん、訪れるのは日本人だけではない。中国人や韓国人の若いカップルや、白人や黒人その他の家族連れも多い。日本の書籍を専門に取り扱う紀伊国屋ブックストアには、週末になると保護者に連れてきてもらった子供たちの姿が目立つ。また、カラフルな日本の雑誌を、日本語であっても興味深そうにパラパラとめくって会話を弾ませるティーンエイジャーたちや、日本語学習用の書籍コーナーで本に読み入る学生風の若者たちなど、日本文化に興味津々な非日本人の姿が多く見受けられる。
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 とくにマンガやアニメの人気で、最近ではマンガ風イラストを描くためのテキスト『How to Draw Manga』という本や、さらにマンガを日本語で読むためのひらがなや漢字のテキスト『Kana de Manga』『Kanji de Manga』という本が非常に好調な売れ行きだという。Japanime 社という埼玉県川口市の出版社が発行しているこのシリーズは、全米ですでに100万部以上を売り上げており、UCLAなど主要大学で教科書としても使用されている。
 韓国や中国、フィリピンなどのアジア系移民の若者たちがとくに日本の流行に敏感というのはよく知られていることだが、ここで見かける若者にはとくにアメリカ人男性が多い。そう、まさに“Asiaphilia(アジアフィリア)”的匂いがプンプンするような10代〜20代のアメリカ人の男の子たちだ。すべてとは言わないが、こういう彼らは一見してそれと判る。たとえば、日本でしばしば「秋葉系」と呼ばれる若者がみんな似たようなオタク的服装や顔つき、話し方をして群れているのを、お笑い芸人などがコントなどで面白おかしくパロディ化して笑いをとっているが、まさにそのパロディがアメリカ風にアレンジされ、日本から遠く離れたこのサンフランシスコにお目見えしているという感じなのである。
 本屋だけではない。「Japan Center」内には日本アニメやフィギュア、ゲームカードなどを取り扱う専門店があり、週末はいつも若い男性客たちで賑わっている。年に1度、春に開かれるCherry Blossom Festival【桜祭り】では、アニメコスプレのパレードが恒例の一大イベントとなっているし、アニメキャラクターのカードゲームを使った対戦式の大会などが開かれて大賑わいとなる。マンガ・アニメ文化の移入が、これほど熱狂的にアメリカ人に受け入れられる日がくるとは、どれほどの人たちが予想していただろう。しかも、それはあくまでサブカルチャーとしての需要であり、メインストリームでは決してない。だからこそ、かえって新しいもの好きな若者たちの心を捉えてしまったのだろう。
今年4月に行われたCherry Blossom Festivalでのアニメパレードの様子。
ハロウィーンコスチュームに慣れているアメリカ人にとって、コスプレは非常にカジュアルなものだ。
 こうした光景は、かつて19世紀末から20世紀初頭にかけて西洋で巻き起こったジャポニズム現象をつい連想させる。印象派を生み出す原動力となり、絵画だけでなく西洋人の生活全般にわたって多大な影響を与えたジャポニズムの中心になったのは、100万枚以上の数が西洋に渡ったと言われている浮世絵である。これまでもさんざん指摘されてきたこの「マンガ・アニメ=浮世絵」定説だが、モティーフや構図の模倣が主であったジャポニズムに比べると、マンガ・アニメ文化隆盛以降のアジアフィリア現象は、そこに語られている〈ストーリー〉という情報の豊かさが密接に関わっているように思える。〈ストーリー〉への感情的移入が、外観的模倣どころか精神的な「同化」現象を引き起こしているのだ。
 
相次ぐアジア専門チャンネルの開局
AZN Televisionのホームページ
http://www.i-channel.com/
 アニメやマンガだけでなく、「アジア」というソフトの力にアメリカのテレビも注目しはじめている。全米最大のケーブルサービス会社Comcastが、アジア専門のケーブルチャンネル「AZN Television」を今年3月にスタートさせた。これは、Comcastの完全子会社となっているInternational Networksのなかの1チャンネルだが、アジア系アメリカ人をターゲットとしており、英語のサブタイトルはもちろん、プログラムの内容も総括的で充実している。たとえば、月曜日は映画ばかりを放送し(中国映画、香港のカンフー映画、アニメ映画、タイやインドなど南アジアの映画、日本映画など)、火曜日はテレビアニメシリーズ、水曜日はオリジナルのアジア情報番組、木曜日はテレビドラマ、金曜は各国の音楽番組やバラエティ番組、そして週末はインド特集、などといった具合である。
 とくに、オリジナルのアジア情報番組などでは非常に良く出来た日本各地を紹介する番組、それも熊本や秋田の特集など、日本人が見ても面白いと思うような、しっかりした短い番組を放映していることもあり、そうした番組では日本のステレオタイプ的な現実を歪めたイメージではなく、きちんと現在の日本を切り取ってみせるよう配慮が施してあり、非常に感心してしまう。たとえば、最近地方の駅に増えてきている「駅の託児所」を紹介する番組では、保護者が随時携帯電話を使って、託児所の中の映像を見ることができるようになっているシステムを紹介するなど、日本のハイテクぶりを伝えている。また、アジア系移民たちのさまざまな軌跡を描いたドキュメンタリーなども非常に濃い内容だ。
ImaginAsian TVのホームページ
http://www.iatv.tv
 また、「AZN Television」のほかにも、「ImagineAsianTV」というアジア専門チャンネルもある。こちらはComcastに並ぶ大手ケーブル会社Time Warner Cableと組んで、アジア映画1000タイトルのオンデマンドサービスを始めたところだ。各曜日のプログラムの仕方は「AZN Television」と同じような感じであるが、24時間毎日放送をするアジア専門チャンネルとしての開局は、こちらの方が早く、開局の為に100ミリオンドル(120億円)程度の資金を集めたと言うから驚く。これだけ巨額な資本を集められたということは、「アジア」というソフトが今後ますます伸びていく可能性を秘めている証拠だ。「ImagineAsian TV」を運営するImagineAsian Entertainment社は、テレビ局開設とともに、ニューヨーク・マンハッタンの一等地にアジア映画専門映画館もオープンした。アジア映画の劇場公開からテレビ放映までの一括した権利を獲得しやすくするための戦略であることは明らかだ。
BET★(Black Entertainment Television)の
ホームページ

http://www.bet.com/
 こちらには開局して30年近く経つ「BET★(Black Entertainment Television)」という黒人文化専門チャンネルがあり、日本でも人気のあるMTVとならんで、ヒップホップ音楽をアメリカ音楽業界のメインストリームへ導いたと言われている。このヒップホップ時代の到来で、アメリカのロックシーンはすっかり元気をなくしてしまったように見える。このことはまさに、マイノリティがマジョリティに「文化」というソフトパワーで打ち勝った典型的な事件といえるだろう。同様に、ラティーノ文化も隆盛なアメリカでは、スペイン語の飛び交う番組(しかも英語の字幕なし)を一日中放映する「Univision」や「Telemundo」といったラテン専門チャンネルもある。アメリカの総人口のうち、黒人とラティーノの人口比率はともに12%台(United States Census 2000調べ)であり、マイノリティのなかで最も多い。これだけの視聴者がいるなかで、両文化を専門とするチャンネルが求められるのは至極当然といえる。
Telemundoのホームページ
http://www.telemundo.com/index.html
 それに比べると、アメリカ全人口に対するアジア人の割合はわずかに3.6%。黒人コミュニティ、ラティーノコミュニティの4分の1の大きさでしかない。しかしだからこそ、中国も、日本も、韓国も、そしてインドなど南アジアの諸国も一体となった「アジア」としてのソフトパワーで発言力を増していこうとの動きが、相次ぐアジア専門チャンネルの開局の背景に見ることが出来る。限りなく彩りに富んだアジア諸国の未知なるパワーが今、注目を集めているのだ。
 
カリフォルニアの経済力とアジア移民
 さて、一度でもサンフランシスコの街を訪れたことのある人なら、アジア系人種の数が非常に多いことに気がつくだろう。なにしろ、この街の人口の30%がアジア人なのである。ちなみに、西の大都市ロサンゼルスにおけるアジア人の割合は11.8%、カリフォルニア州全体では10%、全米全体では前述の通りたったの3.6%である。かつて、ヨーロッパ移民の最初の入り口が東海岸ニューヨークであったとしたら、アジア移民の最初の入り口はこのサンフランシスコであったことも、このアジア人口比率の高さに関係しているだろう。
 カリフォルニア州は、全米1位の人口(3530万人、2000年調べ)と、全米3位の土地面積(日本国土の1.1倍)を持ち、州内総生産も1兆4810億ドル(2003年)と、全米全体ではもちろんトップ(13.6%)。さらに諸外国の総生産と比較しても、米国、日本、ドイツ、英国、フランスに次いで第6位という大きな経済力を持っている。この州だけで、ひとつの先進国と匹敵する総生産量を誇っているとは驚異的である。
 このカリフォルニア州の生産量の高さにアジア移民が大きく貢献していることを指摘する人は多い。その証拠といえるかどうか、街を歩いてもアジア人のホームレスなどほぼ皆無。いるのは白人と黒人のホームレスだけだ。(ちなみに、メキシコ系のホームレスもいない。彼らもまた勤勉なのだ。)とくに中国人などは勤勉で、鬼のように教育熱心であることは周知の事実だ。不動産を所有している個人投資家や富裕層にも中国人をはじめとするアジア人が多い。また、シリコンバレーで活躍する技術者たちもインド人や中国人、日本人などアジア人が多いことはよく知られている。事実、アジア人の数が多い環境に慣れているアメリカ人ほど、アジア人の勤勉さと優秀さに舌を巻いている。
 このように人口は少なくともカリフォルニアの経済、ひいてはアメリカの経済に大きく貢献していると思われるアジア人たちの文化が、様々なメディアを通じてアジア人自身たちの手によってアメリカ社会に語られ始めたということは、これまで横行してきた一面的なステレオタイプ・イメージを一掃する大きなチャンスとなるだろう。「アジア」の真実の姿が全米人口の7割を占めている白人にもっと正しく認識され、注目されるということの重要さは、「アジア」というソフトパワーが今後どのように世界の市場へと出て行くかを考えるとき、否が応でも意識しなければならないだろう。