「パリの日本MANGAイベント」
 
EJC 西山健二  
 
「EPITA」、「JAPAN EXPO」、「CARTOONIST」、「BD EXPO」
 現在、パリにおける日本MANGA関係のイベントは年間3〜4回行われている。イベントはそれぞれ早い月から、1)EPITA(5月末開催)、2)JAPAN EXPO(6月末〜7月初)、3)CARTOONIST(2002年は10月初)、4)BD EXPO(11月初)の順に開催される。
 EPITAとJAPAN EXPOは基本的には開催時期、場所の変更はないが、CARTOONISTは年により時期も場所も変更がある。因みに、2002年は単独主催で10月初め、2003年はPARIS BDとの共催で6月初めに開催。BD EXPOは2002年の11月が最後の開催だったとのこと(現在のところ今後の開催予定は決めてないとのこと)。また、それぞれの集客数はEPITAは7000人、JAPAN EXPOが4万人、CARTOONISTが3万8000人、BD EXPOが1万人で、いずれも開催日は金曜・土曜・日曜の3日間である。
 「EPITA」は、コンピューター関連の専門学校が後援(実習も兼ねて)して、1997年からパリの13区(PORTE D'ITALIE近く)で開始され、日本MANGA専門としては一番古い。その当時の共催者が独立し、現在、単独主催しているのが「JAPAN EXPO」であり、パリの新都心地区(LA DEFENSE近く)で開催される。
 「CARTOONIST」は南仏のツーロンを本拠地として、1997年から開催を始め、2001年以降はパリで開催されている。「BD EXPO」は1988年から開催されているが、当初はフランス・ベルギーコミック(BD)主体の新書と古書の書籍イベントであった。この主催者に、トンカム店(パリで最初の日本MANGA専門店)の前オーナー(Mr.Dominique VERET)が、日本MANGAのスペースを確保することを提案し、徐々に日本MANGA関係者の参入も始まった。しかし、欧州BDの展示会イメージを払拭できず、また 日本MANGAの新しいファンへの対応も不完全なまま、今回の中止に追い込まれた。
 余談ながら、フランス・ベルギーBDを主体とした全欧州BDのパリでの最大イベントは「PARIS BD」で、6月初めに開催。集客数は3万人。このイベントはパリ市も経営参画している展示会場(PORTE DE VERSAILLE展示場)の企画・集客の専門会社、イベンター社(Compagnie d'organisation des Salons des Proffessions)が主催し、仏、ベルギーを中心とした出版社を集めた展示会となっている。日本MANGAも一部参加しているが80%はフランス語圏出版社主体のビジネス展示会である。
 
(注)BD(ベデ)とは、bande dessinee(バンド・デシネ)の略で、ベルト状のデザイン画の意味。フランスではコミック全体を総称して使われるが、現在は日本製のコミックはMANGAと呼び、欧州、アメリカのコミックをBDと呼び始めている。日本でも有名なのは「タンタン」など。
 
 BDとMANGAの大きな違いは、ストーリ重視のMANGAに対し、BDは絵重視である点。BDは原作者とクリエイターは通例、別で、絵はすべてが彩色され、一つ一つのコマが完成したイラストといえるほどに細密に描きこまれている。大人向けの作品が多いこともBDの特徴で、フルカラー、ハードカバーの大型本(アルバム)として出版される。大人向けの絵本として楽しめるクオリティの高いグラフィックスというのがBDの特徴で、日本にはないコミック文化の形といえる。
 
MANGAイベントの催しとは?
 これらのイベントでの催し物は基本的に、日本MANGAの販売(市中の販売店舗がブースを借りて販売し、そのうちの90%は仏語訳された本)、コスプレコンクール、カラオケ、ゲーム機の無料プレイ(機器により有料もあり)、同人誌の販売、日本からのMANGA作家,関係者の招待講演、討論会が行われる。ただ、それぞれの主催者により催し物のバランスは異なっている。
 「EPITA」は運営が専門学校の学生主導のため、来場者へのイベントサービスの面で多少弱いが、入場料金や出店料金を他のイベントの半額ほどにして、来場者が楽しみを自分で作るような感覚であり、主催者と参加者は同好の仲間で同じ目線の高さをもち、親近感は一番高い。
 イベンターの興味の強いものは深く紹介する傾向がある(例えば新しいゲームソフトや新しい技術を使ったアニメーションなど)。入場者数から見て可能であるし、また不特定多数の参加によるイベントの拡大に対しては興味が薄いという体質である。分離独立した「JAPAN EXPO」は多分、この感覚から抜け出て、もっとビジネスの度合いを高めるために独自開催に踏み切ったものと思われる。
 
存亡の危機の「CARTOONIST」
 後援団体の協力は資金、広報などの面で多少は期待できるが、展示会自体の収支に影響するほどの協力は得られないため、どうしても出展者からのブース賃貸料と入場料が唯一の開催資金源となっている。そこから会場費用を差し引き、更にそこから運営費用が引かれる構図であり、会場準備、運営は殆どが無給ボランティアによっている。
 「CARTOONIST」の場合、本拠地のツーロンでもイベント開催に関する種々の支払いに問題が多く、ツーロン市へ資金援助を依頼したが受け入れられず、今年は経済的な問題を解消するべく、急遽「PARIS BD」と共催の形でイベントを行った。経済的には楽になったようだが「身売り」のような共催で完全にBD出版社主体のビジネス展示会となり、MANGA同好の入場者、出展者からの反応は大変悪くて残念だが、今後の開催が危ぶまれる。
CARTOONIST/PARIS BD
共催会場入口
BDとMANGA出版社のブース
(CARTOONIST 2003)
カラオケ風景
(CARTOONIST 2003)



コスプレ セーラームーン
(CARTOONIST 2003より
/4枚とも)
コスプレ RIKKU コスプレ パトレイバー コスプレ セーラームーン
 
JAPAN EXPO 2003」
JAPAN EXPOのパンフレット
 「EPITA」から分離独立後、今年で5回目の開催を迎える「JAPAN EXPO 2003」は、本年度は7月4日(金)5日(土)、6日(日)の3日間、パリ ラ デファンス内CNITで開催された。
 過去の足跡をたどると、第1回2,400人、第2回3,200人、第3回8,000人、第4回21,000人、第5回は約40,000人。入場年齢層は、15歳未満9%、15〜20歳23%、20〜25歳41%、25〜30歳22%、30歳以上5%。15〜30歳86%とほとんどが若者である。
 第5回の今回は、12,000平米の会場に席数1,200人の大ホールを備え、出展ブース数約150と日本文化にゆかりのあるイベント、展示が盛りだくさんであった。
 「JAPAN EXPO」のメインはMANGA、アニメーション関連の展示、販売であるが、開催風景を捉えた写真を見ていただいて解るように、「ヒカルの碁」人気に基づく「囲碁体験コーナー」とか、「剣舞実演」など日本文化を体験できるコーナーなど様々な催しが行われている。その他にも、IKEBANA(生け花)、NO(能)、ZEN(禅)、ORIGAMI(折り紙)、SHIATU(指圧)などなど。「JAPAN EXPO 2003」に今年、日本から招聘されたアニメーション関係者は、「宇宙戦艦ヤマト」、「キャプテン翼」などの作画監督、岡迫亘弘氏、「ゲートキーパーズ」、「キディ・グレイド」などのキャラクター・デザイナーの後藤圭二氏で、講演会、インタビュー等が行われた。また、2日目土曜日の夜から日曜日の朝にかけて「La nuit du cinema japonais(日本映画の夕べ)」が催され、「猫の恩返し」、「パトレイバー劇場版3」、「サクラ大戦」、「TAMARA 2010」(白黒アニメ)、「梟の城」(実写)の5本が上映された。
会場内風景 場内販売店舗 「ヒカルの碁」体験コーナー
剣舞実演 ゲームコーナー コスプレ撮影会
 
今後生き残る日本MANGAイベントは「JAPAN EXPO」
 現在、一番安定し、今後の展望も明確なのは「JAPAN EXPO」と断言できる。他のイベントとの大きな差は、日本MANGAと併せて日本文化の紹介も主題に取り上げ、在仏日本大使館文化部(Service Culturel de l'Ambassade du Japon en France)やJNTO(国際観光振興会)、イベント参加者の日本渡航願望などをもとにJALとも交流を広げ、在仏の日本文化団体に発表の場を提供し、これが入場者にとって催し物の多様さ、奥深さと映る点である。
 また、イベント記録班を作り、対外的な面での準備も始めている。今年の3月にイベント準備委員会の下に法人を設立し、収支バランスを見ながら今後の拡充に向け着実に活動を進めている。
 委員会の中心人物T氏(匿名希望)によれば、2005年までに南仏とベルギーにて、パリと同様のイベントを立ち上げ、南仏からイタリアへ、ベルギーからドイツへ拡大させながら、イタリア・フランス・ベルギー・ドイツの4カ国を2008年までにカバーするのが現在の目標で、併せて、フランスをはじめ他の国でも、首都以外の大都市での開催を、小規模イベントとして随時開催していく方向で、現在ネットワーク構築に動いているとのこと。
 一方、日本のMANGAイベント界から見た場合、コミックマーケット関係者の談を借りれば、約10年前の日本の状況と酷似している、とのことである。