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DCAJ news No.126
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『コンテンツの重さ』デジタル社会のコンテンツは、より流動性の高い「コンテント」へとシフトする・・・。武邑光裕氏(札幌市立大学図書館長・デザイン学部教授)のコラム  

コンテンツの「重さ」と言えば、どんなことを思い浮かべるだろうか。一本の映画体験から導かれる体験の「重み」とか、DVDなどの記録メディアが持つ、重量的媒体の実際の物質の「重さ」に反して、多彩なジャンルに広がるネットワーク型コンテンツ流通の離散的で流動的な「軽やかさ」だろうか。実際、デジタル社会と呼ばれる現代では、様々な記録媒体がデジタルとなり、符号化されたそれらのデータは、文字、音楽、映像であろうと、すべては「重さ」のない無重量な経済価値となっている。

20世紀が生み出した第一次複製技術と、その重量的媒体から情報を流動させ、離散を促す符号化技術(第2次複製技術)は、情報の際限のない無体化を促してきた。デジタル情報の特徴は、記録の支持体からの流動性と非物質性、そして複製などが容易に行える変容性にある。デジタル情報を運ぶネットワーク技術の特徴は、一気に拡散され、あらゆる場所に偏在し、至るところで集積・格納が可能となった点である。

欧米ではコンテンツという複数形での言い回しより、コンテントという単数形で呼ぶことが多い。わが国の「コンテンツ産業」という言い回しに、どこか重量的媒体の「重さ」を感じてきた。ネットを自在に流通し、一片の端切れのようなコンテントでも、それらを自由にパッチワークして、今流行りの言葉でいえば、「マッシュアップ―mash ups(混ぜ合わせてクールに)」する。そんな軽やかで、流動的なネットワークコンテントの超流通、著作権の新時代が本格到来しているようである。

iPodの重さ(約200グラム)に中には、軽く1万曲がアーカイブされ、それをCDで換算すると、39.5キログラムになる。これをかつてのビニールレコードに換算すると254.9キログラムなるという。ブロードバンドの浸透で、映像の超流通時代も到来である。YouTubeにアクセスすれば、文化価値の巨大な変革を実感することができるだろう。最初に気付く出来事は、最も人気が高いビデオ映像の多くがハリウッド映画でもなく、ほんの数分の、世界中のアマチュアが制作したビデオであるということ。トップ50のビデオの中には、中国からの自家製のミュージックビデオ、東ヨーロッパからのビデオブログ、南アメリカからのダンス映像などを発見することができる。

一見してこれらのアマチュアビデオは品質が粗雑である。しかしこれらの文化的遺伝子が突き進んでいく地平には、コンテントという単数形の映像世界が、幾何級数的なアーカイブを組織し、過去に存在した映像コンテントと共に、脱言語的な情報社会へと飛躍していることの未来でもある。「軽薄短小」がすべてではないにしろ、デジタル社会のコンテンツは、より一層、コンテントという流動性へと向かっている。

先日、アレクサンドル・ソクーロフ監督作品、「太陽」(イッセイ尾形主演)のDVDを英国から入手した。DVD一枚の軽さの中には、まさに映画体験という名に値する「重さ」が込められていた。日本公開が遅延していたこともあり、ヨーロッパの友人から届いたそのDVDも、近い将来、私たちはネットから入手できるだろう。手元のDVDがきっかけで、8月の暑い日本の夏、私はソクーロフの「映画」と出会うため、劇場へと足を運ぶ。



     
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