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DCAJ news No.127
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『福冨忠和(プロデューサー/デジタルハリウッド大学教授)嫌われたアトム』子どもたちに絶大な人気を博していた鉄腕アトム。しかし、作者の手塚治虫本人には、好かれていたとは言えないという。  

今年2006年は、故・手塚治虫のデビュー60周年目になるらしい。1946年11月から『少国民新聞(後の毎日小学生新聞)大阪版』で連載されたデビュー作「マアチャンの日記帳」は、戦後の少年をとりまく日常をほのぼのと描いた4コママンガ作品で、18歳の医学生だった手塚のその後の大活躍を、この作品から予想した人は少なかっただろう。ともあれ、マンガ文化の最高賞ともいわれる手塚治文化賞もちょうど10周年目をむかえるそうで、今年を通じ、いくつかの催しが開催されている。

日本の戦後マンガのあらゆる面でのルーツであり、日本テレビアニメの創始者と言っていい人物。89年に没まで現役として作品を発表し続け、400巻の全集にも全作品は収まっていない。手塚治虫に関する作家論、作品論も膨大な数が書かれており、最近は学術的な研究として取り組まれたものも少なくない。

そんな手塚作品に私のようなものが、さして何か言えるとは思えないのだが、実は一度、手塚作品について原稿を書いたことがある。あの鉄腕アトムの公式な生誕年となっている2003年、「週刊アスキー」に連載した「鉄腕アトムのいる21世紀」というのがそれだ。世はロボットブーム、アトムが生まれたことになっている2003年4月に、実際にアトムのようなヒューマノイド型ロボットが生まれているかも話題になっていた。ASIMO開発チームには「鉄腕アトム」全巻が揃えられていたという噂もあり、マンガとアニメの主人公が、少年たちに夢を植え付け、実際の科学技術の発展に及ぼした影響を、みな見たいと思っていたのかも知れない。

私の連載も、当初のプランでは、PC雑誌ということもあり、「鉄腕アトム」で描かれた未来社会の科学技術や社会が、現在とどれほど違っているか検証する、いわゆる「トンデも本」や「研究読本」のスタイルを想定した。しかし書き始めると、想定通りにいかない。

まず、めっぽう強い正義漢で、愛くるしいキャラクターとして子どもたちの絶大な人気を博したアトムだが、手塚治虫本人に好かれていたとは言えない。「アトムのようにモラルに塗り込められた善人にすごく反発するんです」(「手塚治虫対談集4」)と語る作者は、隠れマンガ少年として鬱屈した戦時期を生き、戦後、当時の英雄像とそれへの反発をアトムに託したのだろう。

同時に未来の民主主義社会を「鉄腕アトム」の主題として読みとる論にも無理がある。作品内で描かれた科学技術は常に暴走し、ロボットは最終的に人類を破滅させる(「アトム今昔物語」)。米国の公民権運動やユダヤ人の迫害を元に書かれたというロボットの人権獲得運動も、民主主義の可能性を超え、やがて「イスラエルのような」と称されるロボット国の建国が目指され、アトムもそのために人間と戦うことになる(「青騎士の巻」)。

子どもの頃描いた牧歌的なアトムの世界のイメージは、詳細に読むとまったく違っていることがわかり、科学技術の明るい未来のみを信じた「トンデも本」は書けなくなった。

そういうわけでどこか暗く、エクスキューズの多い連載記事だったが、意外にも読者の評判は良かった。単行本にすることも考えたのだが、そのまま出すのはあまりに中途半端で、かといって本格的な「アトム論」「手塚論」を書き足す能力も無く、幾つかの出版社には迷惑をかけたままになっていた。

実は、この記事を来年の年頭に単行本として出版することにした。マンガの研究者や熱心な手塚ファンにはまったく食い足らないものかもしれないが、今の世界や自分の身の回りの状況を考えると、今世に出した方がいい気がしたのだ。大変おこがましいが、そう思っている。



     
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