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まず、弊社はよくOMCカードの関連会社と間違われるのですが、まったく関係ございませんので、はじめにお伝えしておきます。
もともと弊社は、広告代理店のクリエイティブ部門として機能していました。20年前はカタログやパンフレット、PR誌、ポスターなどグラフィック分野のクリエイティブワークが主でした。その後、某メーカーの海外向けドキュメント制作用にApple Macintoshを10台購入し、専門のオペレーションチームを結成しました。ご存知の方も多いかと思いますが、当時のMacはまだ英語しか扱えない代物でした。
今思えば、これがDTPの黎明期だったわけです。
1994年、弊社グループ間にイントラネットを導入しました。まだそうした環境が珍しかったこともあり、クライアントが毎日のように見学に訪れました。
また、当時としては珍しく大容量画像ストレージも所有しており、クライアントの製品画像をデータベース化して、さまざまな場面で活用しました。今では当たり前のことですが、当時はデジタルデータそのものが貴重だったのです。
ちょうど、マルチメディアという言葉が流行りはじめた頃で、弊社でもLINGO(Macromedia Directorの言語)の書けるクリエイターを採用し、CD-ROM制作などのデジタルコンテンツを手掛けるようになります。
インターネットが本格的に普及しはじめた1995年、弊社は満を持してインターネット事業部を創設し、企業ホームページの立ち上げ・コンサルティングを事業化しました。スタッフは毎朝7時に出社して潜在顧客に次々と電話でアプローチ。大企業からの問い合わせと注文が殺到しました。
クライアントから評価いただいたのは、他のシステム系プロダクションの制作物にはなかった、多彩な表現力とコミュニケーションの視点です。こうした広告制作のノウハウがあったからこそ、当初よりユーザー本位のコンテンツを手掛けることができたと考えています。
財団法人デジタルコンテンツ協会(当時はマルチメディアコンテンツ振興協会)とのお付き合いもこの時期からとなります。
正式会員となってからは、評議員や政策委員、国際交流委員などを務めながら、デジタルコンテンツの普及活動を支援させていただいております。一方でわたしたち自身も、委員会でのさまざまな方々との交流や意見交換を通じて、先進的な技術や取り組み、多様な知見を吸収しております。
弊社の3つの柱(グラフィック、Web、イベント)の中でも、ここ数年はやはりWebの依頼案件が増え続けており、企業広報や宣伝PRにおけるWeb活用のプライオリティが着実に高まってきているのを肌で感じます。
インターネット黎明期には、クライアントの広報部ご担当者(1人)が、他の業務と掛け持ちで運用されているケースが多かったのですが、今では、数十人体制でWeb専門の部署を設ける企業も少なくありません。
いわゆるWeb2.0の流れの中で、企業がデジタルコンテンツに求める役割や活用法も多様化しています。依頼案件も、動画をはじめとするリッチコンテンツや、DBを利用した動的コンテンツが増え続けています。こうした状況に対応するため、弊社では社内スタッフの拡充はもちろん、社外とも積極的にアライアンスを組みながら、あらゆるニーズにお応えする体制をしいています。
協会からの情報は、デジタル社会の今後を見定めるための貴重なヒントになります。一方で協会が扱われる内容は、一企業のデジタル戦略としては、いささか先進的過ぎる部分もあります。先進的な取り組みと現場のニーズ、その橋渡しをするのがわたしたち広告会社の役割ではないかと考えています。
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